16くち 4
マシューとダンケは家主に見送りの言葉をかけて、玄関扉が閉まると、引き続き自分たちの自由時間へと戻っていった。
しばらく沈黙が続いた。
ダンケは元からお喋りな性格ではないし、マシューもダンケを相手になにを話せば良いのか分からない。
日本にいる間、カードゲームに付き合ってもらうついでに話をすることは何度かあったけれど、それ以外でのダンケとのコミュニケーションの取り方がイマイチ分からない。
せっかく傍にいるのだから、パソコン越しではないカードゲーム抜きのコミュニケーションを取りたいけれど、さてなにを話したものか。
チラリと彼の横顔を覗き見て、今日も仏頂面でいるのを確認してからテレビに視線を戻した。
「ダン兄」
「…」
「ダイニングじゃなくて、リビングに移らない?あそこならカウチソファも、ひじ掛け付きのロングソファもあるし」
「一人で行けば」
「…あー、じゃあ、ここに…いようか」
「…」
リビングの方がくつろげると思ったんだけどな。
バートはいつもどうやってダン兄と話しているんだろう。
話題と言ったらダン兄の腐った態度を叱る言葉しか出てきそうにない。
「えーっと、ダン兄」
「…」
「その…、仕事をしているの?」
「見ての通りだよ」
「どうして?」
パソコンから顔を逸らしたダンケが、見たことも無いような丸い目をしてこちらを見つめる。
いつもじっとりじめじめした伏目がちな瞳が、雨上がりの薄明光線を見上げるようにぱっちりと開いている。
「どうしてって…。なに、どうかしたの。立て続けに頭の悪い質問をして、バガーラントのバークが感染しちゃったの?」
「………。どうして翻訳の仕事をしようと思ったの」
なんでこう一々嫌味ったらしいと言うか剣山みたいに刺々しいんだろうなこの人。
両親にそんな態度でもされてきたのかな。
…されてきたんだろうな。
でも、僕はダン兄のピンクッションじゃないぞ。
ダンケは緩く「ふうん」と鼻息を吹いてから、またパソコンの方に視線を戻して、それをマシューの方に向けた。
向けられたパソコンの画面には、どこか英語のようで、しかしそうでない文字が並んでいる。
どこの言語か聞く前に、ダンケはパソコンを自分の方に引き戻して、また画面に視線を戻した。
「ゲール語。知らない?」
どうやらマシューの「話がしたい」と言う意図に気が付いたらしい。
話を広げようとしてくれている。「ゲール語」の一言で打ち切らなかったのだから。
マシューは、アメリカの小学校時代に聞いた「ゲール語」についてを思い出していた。