16くち 3
バートはドレッシングを手にソファに戻って来た後までも、ダンケに「ジャックドポテト取って」だのと要求を投げられては、ダンケが少し手を伸ばせばすぐに引き寄せられるほどの距離にある皿を寄越したりして世話を焼いていた。
その間、ダンケはソファから足を伸ばし切っていて、背もたれにどっかり寄りかかっていて行儀が悪い。
ちなみに「ジャックドポテト」はイギリス英語。アメリカ英語では「ベイクドポテト」と言う。
「ねえ本当に、ダン兄、その態度…」
「……」
言ったところで、ダンケはつっけんどんとした態度のままで暖簾に腕押し状態だ。
「バートも甘やかして…」
「言ったろ、マシュー。一つ一つだよ。それに、ダンケは俺達に挟まれた真ん中に座っているんだから、席から立ちやすい俺達のどちらかが行った方が良いだろ」
「……んん」
気づけば兄弟になっていたダンケとマシューはちぐはぐだった。
家族になった後も、昔のように親戚程度の付き合いしかしてこなかったマシューは、ダンケの無礼な生活態度に呆れていた。
僕だってどっこいどっこいな態度をバートにしていたけれど、ここまで落ちぶれちゃいないさ。家族に対する敬意だって、嫌いな相手だとしても払っていたさ。
だってなにがあってもずっと家族だもの。敬意も誠意も持っていなきゃやっていけないもの。
少しは見直していたのに。
過去にどんなことがあったにしても、この態度は許されていいものなのか、マシューには理解出来なかった。
一つ一つ確実に良くしていくことが大切だと言ったって、この一つは家族と家庭で過ごすならなにより先に良くしていくことではないのだろうか。
ただ優しくしてやれば立ち直るのが精神的な問題なのだろうか。
いやそんなことはないとマシューは考える。
誤りを正そうと厳しく忠告してやるのは、精神的問題があろうが無かろうが、身内として施すべき誠意、関心なのではないだろうか。
これがバートが言っていた"ダンケに安心するな"と言うことなのだろうか。
しかし…。でも。けれど。だが…。いや…。
昔からの性分である「考え過ぎる」癖が祟って、気づけば朝食(時間的には昼食)の時間は過ぎてしまっていた。
十四時になると、予告通りデイパックに荷物を詰め込んだバートが自室から出て来た。
引き続きダイニングの三人掛けソファに座って仕事を進めるダンケと、その隣でテレビを見るマシューを横目に、玄関に足を向ける。
「じゃあ行ってくるな。バーゼルとハニーダリーのことを頼んだぜ」
頼んだぜ、と言い切る前に、ソファの足下で伏せていたバーゼルがバートに突進してゆく。
散歩なら連れていけと言わんばかりに前足でバートの腰にしがみ付くが、バートは「昨日言っただろう?留守番を頼むよ。帰ってきたら、一緒に風呂に入ろうぜ」と言い聞かせて、バーゼルの前足を床に下ろす。
大人しくなったバーゼルに、バートは「良い子だぞー」と言って自分の指にキスをした後、その指をバーゼルの口に当てる投げキッスをして、頭をむちゃくちゃに撫でまわした。バーゼルの尻尾は床の掃き掃除をするかのようにバサバサと揺れていた。