15くち 18
バートは車内を汚したくないからドーナツの袋は開けないようにマシューに言うと、またしばらくハンドルを握ることにした。
運転している最中、「ハンドルドーナツの店舗がここにもあったら良いのに。ニューヨークで食べたけど最高だった。ドーナツも良いけど、オリジナルのコーヒーもすごく美味しいんだ」と零すバートだったけれど、ハンドルドーナツのドーナツを食べたことがないマシューには興味のない話題だった。
十分ほどした後、車は海岸沿いの路上駐車スペースに停まった。
車を降りると、潮風が前髪をあっちこっちへ引っ張って、二人揃って寝起きよりも酷い髪型になってしまった。
乱れた髪を手櫛で梳くマシューだけれど、隣のバートは乱れた髪などお構い無しで風の吹くまま髪の乱れるままにさせていて、自分がなんだか馬鹿らしく思えてきてやめた。
車の後ろに回ってトランクカバーを開け、そのトランクの上に座り込んで、二人はようやくドーナツの紙袋に手をつけた。
「なんだか、バートにコンバーチブルって、まさにバートって感じだよね」
「一目惚れで買ったんだ。ルーフを自由に開け閉めして運転出来るなんて最高だろ。大好きだぜ」
「じゃあ帰り道はルーフを開けて運転してよ。閉まっていたら味気ないし。もう髪のことはいいや。どうせ寝起きでセットなんてしてないし、誰もいないし、好きに乱してって感じ」
「いいぜ」
時々強く吹き付ける潮風に、ドーナツの粉砂糖やスプリンクルをさらわれつつ、また一口頬張る。
街のビル向こうから、一筋の光が差し込もうとしていた。日の出だ。
ゴールデンゲートブリッジ側はまだ暗いままで、淡い藍色から朱色に変化していく空の色を見つめたまま、二人は飲むヨーグルトとカフェオレを飲んだ。
潮風や波の音が耳の中で時折ゴウゴウとうるさく呻くのに、何故だかマシューには、酷く静かに思えた。波が穏やかになると、一層、"粛々(しゅくしゅく)"とした雰囲気が辺りを包む。
背後のゴールデンゲートブリッジと正面に見える街の間。二人は、朝と夜の中間地点で、黙々とドーナツを食んでいた。
ふと隣を見ると、バートは星型のチョコレートが散りばめられたドーナツに齧り付くのと同じくらいに、辺りを照らしてゆく向こうの太陽を、齧り付くように見つめている。
目の下には薄っすらと隈が浮かび、下瞼が痙攣している。よく見ると、ドーナツの食べ方もおざなりだった。いつものような味わう様子が見えない。
マシューは手元のドーナツに視線を落として、ぽつりとバートに問いかけた。
「どうして眠らなかったんだ?」
「うん?」
「眠かったんだろ?」
バートは、最近になっては珍しいとは思わなくなってきた逡巡をすると、ぽつりと呟いた。