15くち 17
…
バートの家から車が出て、しばらくが経っていた。
未だ辺りは暗闇に包まれており、街灯がポツポツと道を照らし、家々の照明はまだどこも点いていないようだ。
それもそのはずで、午前五時半の郊外はすれ違う車など滅多に無いほど、静謐としていた。都市部の方は煌々としているが、ここは落ち着いている。その静謐を突き破ってゆくのが、バートが運転し、マシューが助手席に乗るコンバーチブル一台だ。
「久しぶりのアメリカはどうだ?」
ドアウィンドウを開けて風を受けながらハンドルを握るバートが、そう問いかけて来る。
寝間着のまま助手席で足を広げるマシューは、そっぽを向いて返答に少し時間を置いた。
「景色が良い、視界が広くて。朝は霧が凄いけど」
「ああ」
「隣家が遠いから、多少不躾でも気楽に過ごせるし」
「真昼間に音楽を流して踊っても誰も文句を言わないんだぜ」
「最高」
好きな場所を良く言ってもらえて、バートは機嫌が良さそうだ。
「そうだろ」と運転中によそ見をしてこちらを見るバートの顔を、前を向くように押し戻した。
「運転中によそ見する運転手って僕が一番嫌いなヤツ。やめろ、怖いから」
バートはニヤけ面を引っ込めた。
たしかに、助手席に家族を乗せているのだから、浮かれるよりもいつもより責任感を強く持つ方が大切だ。
事故を起こした時に怪我をするのが自分と対向車の人物だけでは無く、家族にまで及ぶのは考えたくない。
バートは一言謝ると、大人しく前を向いた。
マシューはその様子をドアウィンドウ越しに見て、タクシーの時と同じくスルスルと視界を流れてゆく景色を引き続き眺めた。
そして、頃合いを見て、それとなくバートに話を振った。
「で、どこ行くの」
「どこにも。目的地も無く、そこらへんを車で回ってみようと思ったんだ」
「…寝てなかったの?」
「眠れなくてな。近くにコンビニエンスストアがあるけど、なにか食べるか?」
「うーん…飲むヨーグルトとかあったら」
「あるよ」
バートはすぐに見えてきたコンビニの駐車場に車を停め、エンジンを切らないまま、マシューを残して店内へと入って行った。
マシューもついて行こうとしたものの、寝間着のまま人目に触れたくなくてバート一人を行かせた。
五分もしない内に店内から出てきたバートは車に乗り込むと、紙袋に入ったドーナツを見せた。
「食べるか?」
食べる予定は無かったが、明らかに美味しそうな代物を見せつけられて、飲むヨーグルトだけを啜るつもりは無かった。