15くち 16
マシューはアイスコーヒーを片手に、水槽の中で瞼を閉じて眠っているハニーダリーをしばらく観察してから、部屋に戻る階段を上り始めた。
その頃にはバートも皿洗いを終えたようで、バーゼルの前足を持って、歌いながらダイニングから自室に向かってダンスをするように歩き回っていた。
バーゼルはバートが差し出す両手に前足を乗せて二足で立ち上がっており、彼の顔面に顔を近づける。
バートは嬉しそうにニヤけて、バーゼルの鼻に自身の鼻をくっつけていた。
日本にいるよりずっと伸び伸びと生活しているバートを見ると、自分もアメリカか日本、どちらを選ぶのか、この滞在中に少しでも答えに近づけるよう、よく考えようと思うのだった。
コーヒーは思った通り、風味も味も良く、気分が良くなったマシューは三つも宿題を片付けた後、台本を二回読み返した。
その後、また時計の短針が一つ進む頃には限界が来て、歯磨きをしにまた一階に降り、アイスコーヒーで使ったコップを流し台に置いて二階に戻る。
先ほどまで椅子替わりだったベッドに体を横たえ、ブランケットを被って瞼を閉じると、あっという間に眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのはまだ陽も昇らない、午前五時のことだった。
どこかの家がシャッターを開けたのか、ガラガラと戸が擦れる渇いた音が聞こえて、マシューの意識が戻ってきた。
けれど、寝惚けた頭で考えてみれば、今はバートの家で、彼の家の周辺には隣家と呼べる家は無く、五分も歩かなければご近所さんには会えない。
自宅周辺の騒音を距離で閉め出しているような家に、ずっと向こうの生活音など聞こえるだろうか。
ベッドの上に手を這わすも、慣れない寝具でおかしな寝相でもしていたのか眼鏡が置いた場所に無い。仕方なく、そのままベッドから起きて目を凝らして部屋を出た。
フットライトはセンサー式らしく、扉を開けるとぼんやり明かりを浮かべ、マシューは少しずつ覚醒していく意識の中で、階段の手すりを掴んでゆっくりと降りる。
一階のダイニングに降り立ち振り返ると、階段下のガレージへと続く扉からエンジン音がして、マシューはドアノブを握った。
扉の先では埃が取り払われ、ルーフを閉めたままの黒のコンバーチブルが、今すぐにでも発進しそうな状態で、いや今動き出した。
緩く進み始めるタイヤを見て、覚醒したマシューは慌てて車に飛びついていた。
トランクカバーに手をつくと、音に気付いたらしいバートとドアミラー越しに目が合った。
「……」
「……」
バートは車内のスイッチを押してドアウィンドウを開けると、そこから身を乗り出して振り返った。
「おはよう。……ちょっと出かけるか?」