15くち 15
冷蔵庫からコーヒーのペットボトルを出してキッチンの方を見ると、バートの足下には、巨体をなるべく小さくして寄り添うバーゼルと、ビルトイン式の食洗器があった。
ビルトインとは、内蔵されていることを意味しており、ビルトイン式の食洗器とは、キッチンにあらかじめ備え付けられている食洗器のこと。
沈黙している食洗器と、手洗いで皿をせっせと洗うバートと、舌を出してハッハと息をするバーゼルに、「はて」と首を傾げた。
マシューはバートが洗ったばかりのコップを水切り籠から取って布巾で拭い、コーヒーを注ぎながら問うた。
「食洗器があるなら使えば良いのに」
「一年もメンテナンスをしていないから、今日は手洗いで良いんだ。ところで、寝ないのか?」
「夏休みの宿題と、次の演劇部の台本を読みたいから」
「なるべく日を跨ぐ前に寝た方が良いぜ」
「そうする」
余ったコーヒーを仕舞い、またバートを振り返る。
「そういや、バートの部屋は?二階にはそれっぽい部屋が見当たらなかったから」
「俺の部屋は一階だ。階段を降りたらすぐの部屋だよ。前は二階だったんだが、バーゼルが階段から落ちてからは一階にしたんだ。どこでもついて来るんだもんな、お前は」
そう言ってバーゼルを見下ろすと、ようやく構ってもらえると勘違いしたバーゼルは両足立ちでバートの腰に抱き着いた。
つまり、あの趣味の良いラックや写真や絵が置かれていた部屋がバートの部屋だったのか。
「ねえ、バートの部屋に飾ってあった、あの絵って?」
「絵?……ああ、ダッドの建築設計図のボツ案か。良いだろ。俺、ダッドが描いた設計図とか、ダッドが引く線が子供の頃から大好きで、譲ってもらったんだ。俺の宝物だよ。それがどうかしたか?」
「単純に疑問だっただけ。スッキリした」
「なら良かった」
「あと、明日はダイニングの奥のリビングで宿題をしていても良い?」
「俺に聞かなくても好きに過ごしていいよ。あるものは使っていいし、無いものは足していい。俺の家だけど、俺の家族の家でもある。好きな時に来ていいし、好きなだけいていいんだ。次に来る頃にはマシューにも合鍵を渡すよ」
「…そっか、ありがとう」
「ゆっくりしてくれ」
「良かった。あそこのヴィクトリア調…って言ったら良いのかな、ひじ掛け付きのロングソファ、夕食前に見てから座ってみたくて」
「あのソファは心地良いぞ。寝ながら台本を読む為に買ったんだが、バーゼルを毛布にしてうっかり眠っちまうくらいだ」
「楽しみだ。じゃあ、おやすみ」
「ああおやすみ」