15くち 14
文化祭用と大会用の二本の新作台本を読み込まなければならないし、編集する必要があるし、宿題だって旅行中でも進めなければいけない。
何処にいたって、休みはあれど暇など無い。やりたいこともやらなければならないことも同じ数だけあるのだから。
クラスメイトの数名は「進路で忙しいのだから宿題も夏休み中の部活もやっていられる余裕は無い」と早々に切り捨てていたが、その数名に混じろうとは思わない。
僕なりの精一杯で取り組もう。
ベッドに座り込み、教材と台本をベッド脇に積み上げ、引っ張ってきたサイドテーブルにノートを広げ、取り掛かった。
それから一時間程して、階下から「ダイニングのシーリングライトを消すから、二階から降りてくる時は足元に気をつけろよ」と言うバートの声がして、シャープペンシルをノックしながら、マシューは聞こえるように大きく返事をした。
二階の向こうの部屋にいるダンケからの返事は無いが、彼がわざわざ大声を出して返事をするような人間には思えなかった。
また一時間経過しても、マシューは宿題の山を片付けるのに精力を注いでいた。
開け放たれた窓から聞こえる、風で揺れる草木のさざめきに風情を感じながら取り組む宿題は心地が良くて捗る。日本のアパートとは空気が違うのを感じる。日本での生活が板についていたマシューにとって、数年ぶりのアメリカは懐かしいのと同時に新鮮で、なんだか楽しい。
それも相まって宿題は尚更進みに進んだ。
そうして、いつもバートが「寝るぞ!」と元気良く言う日本での消灯時間になると、目がしょぼくれてきた。一人暮らしをしていた頃は、年相応に夜更かしもやっていたけれど、最近では早寝早起きが習慣化していた。
大きな欠伸と涙を浮かべたものの、もう少し宿題をやっていたい欲の方が勝り、アイスコーヒーでも飲もうと立ち上がる。
買い出し担当をした時に、美味しそうなパッケージのコーヒーを買ってきておいたのだ。
宛がわれた二階の部屋から出ると、格子状の手すりから、吹き抜けを超えた一階の様子が見えた。ダイニングルームの向こうで小さな明かりがついているようで、部屋がほんのりと橙色に染まっている。
一時間前にシーリングライトを消すと言われていたものの、一階へと降りる階段にはフットライトの明かりが立ち昇っており、足下を見なくとも歩ける。
一階に降りると、キッチンでバートが皿洗いをしていた。
ペンダントライトの下で、夕食で使った食器を片付けていた。
この家はライトに事欠かない家だと思った。
マシューがキッチン横の冷蔵庫に近づこうとすると、足音で気づいたバートと目が合った。
「よっ」
「ああ、はい」
泡だらけのゴム手袋をはめた手をこちらに掲げるバートに、マシューも軽く掌を見せた。