4くち 6
父に叱られていた当時、服の裾を掴んでホロホロ泣く幼いマシューは、ひたすら沈黙していた。
隣のバートは挙手して言った。
"「難しい話は分からないから、俺のマミーやマシューのマミーみたいに絵に描いて教えて、俺のダディー」"
アメリカの家にいる間は、こんな意識はほとんど無かったから、マシューは無意識の内に「他者への配慮を欠く無法的自由を叫ぶ愚か者」になっていたことに、深く恥じ入った。
規則と許容を、寛容と無関心を、多様性を忘れていた。
そして、画一性と支配をはき違えていた。
「じゃあ、バート。その服でいいよ。その服で行こう」
「いや、着替える」
「え…」
「この服はもうちょっとしたら着よう。今日はドレコパーカーにするよ」
「……」
「そっちの方が良いんだろ?」
「もうこの話はおしまいって言っただろ」
降参した意思を両掌を上げて見せると、バートは悪戯っぽく笑ってまた服を脱いだ。
五分もしない間に、日国家の特別な服である母お手製の「ドレスコード・日国」、略して「ドレコ」の、パーカー版である「ドレコパーカー」を着て、バートは尻ポケットに財布を入れた。
ちなみに、これを作ったマシューの産みの母は「せめてドレコフーディーにしない?」と言うが、父が「パーカーでいいじゃない」と言い続けて、結局、母親以外は全員「ドレコパーカー」と言っている。
二人はその後、特に険悪な雰囲気になることも無く、また"いつも通り"にお小言を言い、言われを繰り返して、アパートを出て行った。
道中、「お前バッグなんて持つようになったんだな?昔はいらなかったろ?」と尻ポケットに入った自分のただ一つの荷物である財布をパンパン叩いて悪気無く笑うバートに、「男が"女々しく"バッグを持つ自由があったって良いだろ?」とからかうように聞くと、「そう言うつもりじゃなかったよ。悪かった。機能性重視なんだよな」と、先ほどのマシューと同じ降参のポーズをしていた。
抵抗しているのか、「でも俺は持つとしてもバックパックかなあ」と零していたが、聞かなかったことにした。
徒歩で繁華街に到着すると、「面白そうな店が沢山ある!俺、このストアウィンドウにあるフィギュアの漫画、知っているぜ!お前が小さい頃から大好きなカードゲームの主人公だ!顔つきが凛々しいから闇人格の方だな。しかし精巧な作りだ。素晴らしいな」と、ガラスに張り付いて興奮している様子のバート。
知らんぷりをしたいけれど、マシューを一々振り返っているのだから不可能だ。見た目がほぼ外国人の男に、同じく外国人顔の男が振り返っていれば、その二人は知り合いだと傍から見て思うだろう。
いい加減、店を不思議な外国人に覗き込まれてどう対応すべきか決めあぐねている店主に申し訳なくなって、バートを陳列窓から引きはがして目的の店へ連れて行った。