1くち 2
…
歯磨きをしながら、甚平の内紐と外紐を片手で取って肌着の上からワイシャツを羽織り、足で布団を蹴り転がして畳んでゆく。その次も、やはり歯を磨きながら、食器棚からお椀とコップを取り出して並べ、最後に制服の中途半端に足を通したズボンの裾を踏みつけて洗面台に戻った。
口内のものを吐き出して、コップに少量の水とマウスウォッシュ液の原液を垂らして、仕上げに口腔洗浄だ。
さて、昨夜寝る前に炊いて混ぜておいた白米を口腔洗浄中によそってしまおうとした時だった。
ガチャガチャと言う予期せぬ異音。
全身の毛が一斉に逆立ったかと思うと、"ごっくん。"
マウスウォッシュ液を、
「の、飲んじゃった」
そんなことに困惑していられるのも束の間、それは玄関からの音だった。
ドアノブが外にいる部外者に回されたのだ。ノックもインターホンも無しに。
いくら大家さんでもそんな横暴なことはしないだろう。第一、マシューを住まわせてくれたここの大家さんは、ルールには厳しいがとても穏やかで、住人のプライバシーを尊重してくれる物分かりの良い人だ。
ドアノブは未だ、いくらかの感覚で、その内捩じ切られてしまうのではないかと言うくらいにガチャガチャ鳴り続けていた。ので、マシューは抜き足差し足忍び足で上がり框から土間、またの名を三和土に下りた。
覗き穴に目を当てると、美しい海の色を見た。浅瀬の海の色だ。空の色と砂の色を受けたエメラルドグリーンの瞳が、覗き穴を覗く前からこちらをギョロリと見つめていて、異音の中で視線が交わる。
心臓が縮み上がりそうな想いをした次の瞬間に、喉の奥から込み上げて来るものがあり、口から垂れてきたそれを見ると、先ほど飲んでしまったばかりのマウスウォッシュ液だった。
吐いちゃった。
と思う頃には、またドアノブが鳴り始めて、マシューは後退りして、上がり框に腰を下ろして頭を抱えた。
ダラダラと汗が流れて来る。視界がぐるぐると回り、依然として続くガチャガチャと言う音ばかりが室内に響き渡る。
マシューは散々迷った。全身の毛は逆立ったままで触ったらチクチクするし、手はドアノブに伸びたり胸元に引っ込んだりを繰り返すし、目線も真っすぐを向いたかと思ったらすぐに逸れた。体を抱きしめて揺らしてしばらく経ってから、
ああ、おしまいだ。
散々渋った挙句、観念して鍵を開けて、扉を開けようとドアノブを握った。