15くち 10
話を戻して、テーブルの上に飲みかけのコーヒーが置かれていたり、ベッドの上に紙片の挟まった洋書が積まれていたり、壁一面に各国の景色を映した写真が糸と洗濯バサミでぶら下げられたダンケの部屋で、プリンターとパソコンを起動した。
彼のフォトウォールを眺めながら近所一帯の地図を印刷し、それを読み込みながら家内を歩いていると、「ようマシュー、順調か」と、まだ開始して三十分も経っていないのに、鉢合わせたバートが経過を聞いてきた。
片手にはドライヤーが握られている。
「これから行くところ。ところでさ、あのドーナツみたいな円形ベッドはなに?」
「俺が作った」
わあ。
どんな趣味をしていたらあんなひっどいベッドフレームを作るに至れるんだ。
その物作りにかける情熱と技術は素晴らしいけどセンスが酷い。
「真ん中にホームプラネタリウムを置いて、家族みんなが遊びに来た時に一緒に星を見ながら寝ようかと思って」
「ああ!…うう!!……んん!!!」
蕁麻疹が出そうだ。
「分かった。オッケー。分かった。じゃあね!行ってきます!」
財布とエコバッグと周辺地図を握りしめて、マシューは早足でバートと家から逃げ出した。
炎天下に飛び出して、ハンカチで額の冷や汗を拭った。
「本気で言ってるのかよ…」
来年には二十歳になる男が、バーベキューをするような感覚で家族みんなで星を見て寝たいって?
マシューは今更、両親に挟まれたり兄弟に囲まれたりして川の字で寝るだなんて御免だった。ならドーナツ型で寝るのもそうだ。
同じ部屋で寝るのはまだ良いが、同じ寝台を共有するのは嫌だ。こんなに大きく育った後でじゃなくて、もう少し、あと五歳若かったなら考えるくらいはしただろうに。
第一、家族みんなと言ったって、ダンケだってこんなことに付き合うとは…。
「いや、ダン兄ならあるかもな」
恩義のある人には忠誠を尽くす男だ。
日本から離れ、アメリカの夏空の下、マシューは地図と財布を持ってとぼとぼと歩き続けた。