15くち 7
ダンケを一人にして放っておいて、部屋が綺麗だった試しが無い。
メルナードの家はマシューにとって祖父と祖母の家である為、よく泊まりに行って、まだ日国姓がなかったダンケとは、その度顔を合わせていた。
そこで見た「物を元の場所に戻す、特定の場所に物を置く」「長く使えるように丁寧に扱う」と言う習慣が無く、使ったものを使ったきりあちこちに放置して回り力任せに雑に扱うダンケの姿は、まるで、自分がそうされてきたからだと訴えているようであった。
それに、酷く、無口だった。
虚言でも構わないからなにか喋ってほしいと思ったくらいに、なにを話しても無言だった。
視線は合わせてくれるのに、こちらを値踏みするように、恨めしそうに見つめたまま、会話に応じてくれない。諦めて彼から離れても、壁際に寄ってずっとこちらを見つめたまま、決して背中は見せなかった。マシューが自分を襲ってこないか見張っているようにも思えた。
喧嘩をした時、ヒステリックに喚く泣き虫のマシューを鬱陶しく思い、マシューの左右のこめかみを両拳でしばらく殴り続けた挙句、納屋に閉じ込めたこともあった。湯上り後の祖母が泣き声ですぐに気がついたものの、ダンケは話し合うまで、自分がしたことを悪いことだとは思わなかったそうだ。その方法を取れば、「泣くことは悪いことだと反省し、泣き止むようになる」と信じていた。
あの頃の彼は、潜在的な怒りと猜疑心と屈辱感に塗れていた。
あの頃と比べると今、「家内の管理」は行き届いているように見えた。
放置されているらしいフローリングワイパーとひっくり返った自動掃除機ロボットが床に転がっている以外は、物は散らばっていないし、よく掃除されている。
帰宅した家族をダンケが出迎える日が来るのも、日本に発つ前のマシューには想像出来なかった。
マシューの前で彼が自室から出てくることなんて、食事の時とトイレの時と、気が向いてシャワーを浴びようと思った時だけだ。一日を自室で完結させようと努力する少年だった。
自分ひとりだけになれる安全な場所を好むダンケが、自室に戻ることなくダイニングに留まる光景を見る日が来るなんて。
しかも、視線はパソコンに一直線で、両手はパソコンのキーボードとコーヒーカップで塞がっているような、無防備な状態でいるなんて。
今だって、彼の背後をバートが通り過ぎても、唇についたコーヒーの滴を舐めとるだけしかしなかった。
「…」
やっぱり呆けるマシューに、
「玄関、閉め忘れてるでしょ。ここ納屋じゃないんだけど」
マシューよりもずっと早いブラインドタッチで翻訳の仕事を進めるダンケが早速嫌味を言うものだから、マシューも嫌味っぽく返した。
「ごめんね。自動ドアに慣れているもんだから」
「タクシーのドアも閉めなくて良い日本生まれだもんね。と言うか、納屋育ちは俺の方か」
皮肉めいた笑みを浮かべて鼻を鳴らすダンケ。
…笑って良いのだろうか。
それ以上の反応に困った末、マシューはなにも言わず、閉め忘れた玄関扉を閉めにまたマッドルームに戻っていった。