15くち 5
「アイムホーム!」
バートが玄関扉を開けるや、家内から重たい足音が近づいてきて、気が付けば毛むくじゃらの薄汚い熊が彼の胴体に体当たりしていた。
「うわあバートが死ぬ!」
呆けから一転、慌てて駆け寄るマシュー。
家内からやってきたのだから、旅行以外では滅多に外に出ないダンケはもうダメだろう。きっと食べられてしまったに違いない。あの人の人生これからだったのに。
「死んだか!死んだなバート!」
大変だ!救急車!119だ!
いや違う今はアメリカだから911だ!
上手に住所が言えるかなあ。
ああでも、救急車を呼ぶとお金がものすごくかかるんだ。タクシーの方がいいかな?
顔を赤くしたり青くしたりしながら、近くに連絡手段が無いか忙しなく目をやるマシューであったが、玄関扉から笑い声が聞こえて振り返る。
マシューの目に映ったのは、玄関で膝をつき大きな熊を両腕で力強く抱きしめてやるバートだった。
「あーくせー!ダンケのヤツ、風呂に入れてやらなかったんだな?」
笑いながら毛むくじゃらの熊の胴体に顔を埋めるバート。熊の方は、傍から見ればバートを食べようとしているかのように、大きな前足を彼の肩に乗せていた。
目をぱちくりさせるマシューは、その熊を指差し問うた。
「なにそいつ」
目元まで覆う長い毛を手で上げてやりながら、バートはマシューを振り返って、熊をよく見せてやった。
「覚えてるだろ。俺のペット。舞台監督から譲ってもらったクーヴァーズ(クーバース)の、バーゼルだ」
「あ、…ああ。大きいね」
「大型犬だからな。でかくもなるさ。その中でもバーゼルは特別でかいんだぜ。な?」
熊と思われた超大型犬のバーゼルは長い癖毛の間から円らな瞳を覗かせ、バートだけを熱いまなざしで見つめていた。マシューなどまるで眼中に無い。
一年ぶりに飼い主に会えて、嬉しくてたまらないのだろう。
モップのような大振りの尻尾を振り回して、バートに掴まり立ちしたまま離れない。
しかしバートの方からさっさと離れてしまう。思いの外ドライな対応だった。飼い主に依存させない為だろうか。
しっかりお座りをしてバートを見上げるバーゼルは、なんだか、跳び箱みたいにずっしりしていた。
「ほら来いよマシュー。荷物を置こう」
引き続きキャリーケースを引っ張って再び進み出したバートは、すぐそこの低めの上がり框に足を引っかけて転んだ。
バーゼルは前のめりに倒れ込んでいったバートに、チャンスだとばかりに圧し掛かり、遊んでほしそうに背中の上で転がりまわっている。
充分依存している気がした。
「なんで俺の家のマッドルームに段差があるんだ!」
「金は好きに使って良いって言っていたから、土足厳禁の家に改築した」
「ずぇ?」
バーゼルを背中の上で遊ばせたまま見上げると、家の奥からストロベリーブロンドの痩せ男が出てきた。