15くち 3
……
およそ半日の時間をかけて、二人は日本からアメリカへとやってきた。
荷物を引き取り、税関での検査を終え、両替を済ませて空港の外へ出ると、バートは威勢良く車道に足を踏み出し、手を挙げてタクシーを呼び止める。
中学を卒業するや飛ぶように、そして実際に飛んで日本にやってきて、それ以降アメリカには一度も足を運ぶことが無かったマシューには、カルチャーギャップでアメリカは目まぐるしく、広大だった。
バートが日本に来た時もこうだったのだろうか。
いや、日本で生活するまでの十年以上をアメリカで生活していたし、時折父の日本行きに同行していた自分と違って、これまで病弱なあまり日本には一度も来たことが無かったバートほどの混乱は無いだろう。
タクシーのドアを自分で開けるバートの姿に、「そういえばそうだった」とマシューも反対側の扉を開けて自分もタクシーに乗り込んだ。
マシューはバートの家の住所が分からない為、運転手に挨拶だけをして、あとはバートに任せることにした。
バートも挨拶をすると、目的地を伝えて、どうやらバートのことを知っているらしい運転手と握手を交わしてから座席の背もたれに寄りかかった。
車は少し荒い運転で走り出した。
景色が二つの目を右から左へと流れてゆき、数年ぶりの見知った景色だと言うのに、なんだか…。
「…なんだか、知らない国みたいだ」
僕を育ててくれた国なのに。
ずっと向こうに見える海の煌めきやさざ波すら、幼い頃によく遊びに行ったはずなのに、初めて見る景色のように思えた。あのビルの向こうの景色も、光を反射して煌めく窓ガラスも、ずっと見てきたのに、見知らぬ世界の一部に思えた。
バートは呆然と窓の外を見つめるマシューを、しばらく静かに見守っていた。
都市を抜けて郊外に出ると、マシューは「あっ!」と声を上げた。
「僕ん家!」
「俺の家でもあるぜ!」
二人は窓際に集まり、他の家と共に視界から流れてゆく実家を、指で見えなくなるまで示し続けた。
「母さんと父さん、今、いるかな」
「いたら会いに行くか?」
「いや別に」
「なら気にしなくて良いだろ」
「まあ、うん」
また座席の背もたれに戻った。
「でも、俺の本当の本当の実家は、カリフォルニアじゃなくて、隣のオレゴンだったんだけどな」
「そっか。父さん、離婚してからバートを連れてカリフォルニアに来たんだっけ。オレゴニアンだった頃の生活、覚えているの?」
「物心つく前に引っ越したからさっぱり。今のカリフォルニアンの生活ならバッチリ覚えているけどな」
どちらも海が見える州だ。