15くち 2
「でも、嫌そうな顔をしているけど、アメリカに行くのは楽しみだろ?」
「にゃー…。と言っても、まだ日本かアメリカかも決めていないのに、アメリカの家に行くのは…なんだか気が引けるけど」
「実家には行かないぜ」
「え」
日本で出された高校最後の夏休みの宿題を、クラフト紙のケースに入れてキャリーケースに詰めていたマシューと、ベッラの写真とカードゲームを棚上から持ってきたバートの目が合う。
「ならどこへ行くの。なに、普通にハワイとかへ旅行に行くの?」
「行くのは俺の家。ほら、俺の生みのマムが別荘にしていた家を貰ったって言ったろ?今はダンケが管理してくれているってヤツ」
「え、えー…」
「ハワイ旅行は惜しいな。行きたいなら来年に行こう。バケットリスト(死ぬ前にやりたいことリスト)に追加しておくから。でも今回は、俺の家に旅行だ」
「…何のために?」
マシューはてっきり実家に行くものかと思っていただけに、手元のクラフト紙ケースを握り潰しそうになった。
「日本にばかりいたんじゃ公平じゃないだろ?アメリカにも行って、ちゃんと、アメリカと日本のどちらにするかを考えてほしい。今のマシューで。気負い無しで」
「……」
夏休み某日。
志士頭学園では、既に進路を考え、進学を決める人、就職を決める人と別れ、それぞれに行動を始める時期。
夏休みの宿題と進路決定に悩む人々の輪に、マシューも本格的に仲間入りする時が来たようだ。ただし、進学も就職もするわけじゃないけど。
クラフト紙ケースが入る分のスペースを開けて、コンタクトもいくつか入れると、キャリーケースの蓋を閉じる。
そろそろと、再び見上げて来るマシューに、バートは人形みたいに整った歯を見せて笑った。
「とは言っても、旅行は旅行だ。楽しもうぜ」
そう呑気に笑顔を向けるバートに、マシューは筆舌に尽くし難い気持ちになりつつ、念のため、旅行には必須なデジタルカメラをショルダーバッグに忍ばせた。