15くち 1
15くち「ラブステイツ!僕とお前のセカンドサマー!!」
日本のテレビプロデューサー、演出家、小説家、実業家である、久世 光彦曰く「家族を思って心和む人、胸の痛む人、それはちょうど半々だと私は考える。力を得る人、失う人、それも半々だと思う。親孝行、兄弟思いの美談は数限りなくあるが、それと同じ数だけ親殺し、兄弟殺しの話が聖書の昔からある。家族と言うものは、いつもこの半々の危うさの上に揺れながら、それも激しく揺れながら立っているものだ」
春は過ぎ、梅雨が明け、再び夏の訪れを肌に感じる頃。
バートが日本にやってきてから一年が経過し、夏休みに突入した。
蝉は鳴き、陽炎が高く立ち、陽は打ち水で出来た水たまりをあっという間に干上がらせてしまった。
湿気を多分に含む茹だるような猛暑に、ベランダから見えた階下の野良猫は、早足で車の下に逃げ込んでゆく。
そして今、ベランダの柵に蝉がやってきて、バートはそれに手を伸ばそうとして取り逃がしていた。
蝉は更に上へ、屋上の方へと小便を垂らしながら消えて行った。
それを見上げていると、後頭部に軽い痛みが走った。
「アウチッ!」
床についていた手のそばで、後頭部に当たって落ちたティッシュの箱が転がる。
振り返ると、冬になって白く戻った肌がまた焼け始めたマシューが、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。
「お前も準備しろ!」
「あいあい、ただ今。着替えてからな」
ベランダの外を覗き込んで陽に当たっていた肌は熱く、それを擦りながら、バートは家内に戻る。
タンクトップから半袖のポロシャツに着替えると、しばらく「休憩」と言ってサボっていた"アメリカ行きの準備"を再開した。
「まったく。お前が行くぞ行くぞって言うから準備をしているのに、お前がやらなくてどうするんだよ」
「日本に来る時も、ダンケに似たようなことを言われながら、キャリーケースに荷物を詰めたんだよ」
バートがやってきた時に詰め込まれていたキャリーケースの荷物は、今やこのアパートの一室のあちこちに置かれるようになり、来た時とはまったく別の荷物が詰め込まれていった。
ちなみに、来た時に入っていた「日本御作法大全」はどこへやら、部屋を見てみても見当たらず、マシューに聞いて見ると、「どうせ読まないだろうから捨てた」とそっぽを向く。
15ドル50セントはあっけなくゴミに消えたようだ。