14くち 9
「悪い。俺、こういう話をするのは下手なんだ。難しいだろ?俺は、難しいのが苦手だ」
「んん…まあ、いいんじゃないの。一応伝わっているから」
バートが一人勝手にへこみ始めたので、マシューはそれをフォローしてやった。
カモミールティーの最後の一口を飲み干すと、空のティーカップを床に置いて、マシューは自分もあぐらをかいた。
そして、目元を親指で拭うと、また鼻を啜った。
ティッシュの箱を渡してやると、「出るほどじゃないから」と言って突っ返されてしまった。
バートは気を取り直して、話を続けた。
「だからマシュー。俺がなにを言いたいのかって言うと、お前にはこのまま日本にいて欲しいってことなんだ」
「…このまま?」
「卒業までは日本にいようぜ。お前が選んだ場所だ。お前がここで自立して、成長しようと思った大切な母国だろ?ここで得たものがたくさんあるはずだ。一日二日で別れられるものじゃないはずだ。お前の努力が、この国の神様みたいに、今のこの生活一つ一つに宿っているんだ。俺はお前と生活してきて、毎日そう感じる。期限はまだあるんだ。最終的にアメリカにするか、日本にするかは、もっと、お前なりの時間をかけて考えようぜ。卒業までは三時間どころか、一年もあるんだから。それでも足りなかったら、バックパッカーにでもなって、沢山の人と文化に会いに行こう。見える景色はより取り見取りだ。いろんなものを見て、もっと沢山の事を考えながら、お前らしい答えを出せば良い」
「……」
「マシュー・メルナード・日国は、日の丸背負った日本人。そうだろ?アメリカを選ぶなら、また元気なマシューに戻った時にしてくれ。今のは正しい判断じゃない。お前の為にならないよ。ここでよく考えて、ここで卒業しよう」
「……」
「ベッラと俺で最後まで見ているよ。俺とベッラはいつもお前の味方で、傍にいるから。ダッドとマムとダンケだってそうだ。俺達家族は、皆お前の為になりたいんだ。ここにいよう。ここでどうしたら良いのか、一緒に考えよう。いくらでもサポートするから」
マシューがまばたきをするのと同時に、瞼の隙間から涙が零れて敷布団に落ちて消えた。
まばたきをする度、瞼の裏に、アメリカでの生活と、日本での生活がフラッシュバックするようだった。
「ここが、一番マシューらしくいられる国なんだ。お前がそう選んだ場所だ。利用するだけ利用して捨てようとするな。自分の選択を認めて、最後まで責任を持って、答えが出るのを待つんだ。間違っていたかどうかは、その時に考えろ。きっと後悔しない答えのはずさ。間違っていないんだから」
「……」
「いいな?」
マシューは浅く何度も頷いた。
「うん」
頷く度に涙がいくつも零れてゆく。
「ありがとう、バート」
僕はマシュー。マシュー・メルナード・日国。
日本生まれ、アメリカ育ち。人種の違う親を持っている。
六人家族の六番目。四人兄妹の四番目。
性格は、どちらかと言うと神経質で、ちょっとネガティブ。
でも、これが僕だ。
僕はこれで良いんだ。
ここが僕の選んだ場所なんだ。
そしてこの人が、僕が選んだもう一つの夢だ。
日本の第百二十四代天皇である、昭和天皇曰く、「雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです。そしてどの植物にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで、生を営んでいるんです」
翌朝、アパート屋上のプランターから生えあがる、植えた覚えのない草の前に座り込み、マシューは抱えていたノートパソコンを広げたのだった。