14くち 8
「まず、今までのことで間違っていたことなんて、一つも無いってことを、一番最初に言わせてくれ。お前は一つも間違っていないよ。大丈夫だから」
「でも、僕が日本に来た動機は…兄さんから逃げて、自立した人間になりたいからで、誰かを悲しませるためじゃないんだ。こんなヤツになりたかったんじゃない」
「いいんだよマシュー。自立しようとするのは立派なことだ。たしかに、お前が何も言わずにいなくなって悲しかったけど、一人でも生きようとするお前の姿勢が、俺は何より嬉しかったんだ。ダッドとマムだってそうだぜ?だから、今まで日本には来なかった。両親に反対されたからって言うのもあるし、仕事があったって言うのもあるけど、ちゃんと、お前の意思を尊重しようって気持ちも持っているんだ。結局来ちゃったけど、お前を応援していることは今も変わっていない。お前がしたことは立派だ」
マシューはすんと鼻を啜るのを誤魔化そうと、カモミールティーを音を立てて啜った。
ズズと鳴らして飲むマシューに、「汚いからやめろ」と言う気には、今はならなかった。
「どんな動機だって、お前が自分なりに成長しようとした理由だ。大きな決断をして、それを行動に移した自分も認めてやってくれ。それも、大切なマシューなんだ。お前らしさなんだよ。だから、ここに来たことを間違いだなんて言わないでくれ。佐々貴さん達や、志士頭でやってきたこと、出来た友達まで間違いになっちまうだろ?もう少しだけ、明るい面を見てみないか?ブライトサイドってやつさ」
「……」
マシューの顔の影が、心成しか深くなった気がした。
先ほどより俯いている気がするのだ。
自分の後ろ向きな思考を咎められたと思ったのかも。
バートは慌てて取り繕った。
「ああっ、いや、ネガティブなことが悪いって意味じゃないぞ。俺、昔に心臓の手術をしたろ?俺の生みのマムが、その手術をする前に言ってくれたんだ。ネガティブな気持ちも、俺の一部で大事なものなんだって。ポジティブで賢いだけの天使になっちゃダメだって。弱くて馬鹿なこともする俺だって愛してるって言ってくれた。後ろ向きな気持ちに対しても、自己肯定って凄く大事なことなんだ。だから、お前の今の気持ちを否定しているわけじゃないんだぜ。一つの感情を撲滅するなんて出来っこないんだ。色んな自分を認めてやってくれ。認めて、許してやってくれ。それで、ネガティブな自分で、ポジティブな自分を否定しないでやってほしい。逆もそうだ。どっちも大切なマシューなんだ。どんなお前がいても良い。それがマシューならなんだって良い。そうだろ、頼むよ。コーヒーにミルクと砂糖を加えるみたいに、ネガティブにちょこっとポジティブを混ぜるんだ。消すんじゃない」
「…ああ、…うう、…んん」
マシューははぐらかすように曖昧な返事をした。
視線は合わなかった。