14くち 7
バートは百円均一ショップで購入した、マシューお気に入りのティーカップを用意して、ポットを温めて、やっぱりマシューお気に入りの紅茶屋で購入したティーバッグのカモミールティーを戸棚から出した。
「ねえバート、本当にいいよ?」
本人は至って問題など無いように振る舞っていて、むしろバートの方がどうかしてしまっているのだと心配そうにしている。
「良いから大人しく待っていろ。落ち着いて話そう」
どう見てもバートの方が落ち着いていなかったけれど、本当はマシューの方が混乱しているのだ。
混乱している自分を、また無視している。また自分から目を離している。
目を背けるなと言い聞かせて、一朝一夕で習慣づくものではないだろうけれど、一日ももたないものか。
いや、目を向けていないことに気がついていないのかもしれない。目の向け方が分からないのかも。
人の顔と自分の足下を見るのが習慣だったのだ。
自分の短所と他人の長所ばかりを比べる人生だった。
バートは氷の入ったコップに、よく蒸らしてから注いだカモミールティーを持ってくると、それをマシューに渡して「まだ熱いからゆっくり飲め」と指示を出して、自分は熱い熱いと猫舌に火傷を負わせて一気に飲み干した。
マシューは言われた通り、しばらくカモミールティーの匂いを嗅いで、紅茶屋のことを思い出しているのか微笑んだ。
「よし話そう。どこからだっけ」
「僕が間違っていたってところ」
「ああそうだ。ありがとう。…そうなんだ、それが良くないんだ、マシュー」
「うん?」
「日本の学校はちゃんと卒業しよう。お前が選んだ場所だ」
「でも…」
手元のカップを見つめて、マシューは立ち昇る湯気を吹いて一口含んで、また言い切る。
「もういいって思えたんだ」
眼前のマシューは、この数年を無駄だとは思っていないのだろう。
こんなにも、満足したように笑うのだから。
出されたカモミールティーを美味しそうに飲むのだから。
けれど、これまでを、"間違い"であったとは思うようだ。
それが嫌だ。
もういいじゃない。全然良くない。
バートは昔、眠る前に話を聞いてもらう時、ベッドに座る自分の肩にブランケットをかけながら頷いてくれた、育ての母親のことを思い出した。
その仕草が昔から好きだった。優しくて嬉しかった。母の冷たくて白い細指が懐かしい。
育ての母の好きなところは、バートの頬に唇をくっつけてリップ塗れにするよりも、何気ない気遣い一つにささやかな言葉を添えて、バートラントは愛されていると自信をくれるところだ。
バートはそれを真似して、マシューの背後でくしゃくしゃになっているブランケットを拾うと、それを肩にかけてやった。
「いいかマシュー。飲みながらで良いから、聞いてくれるか?」
マシューは言葉通り、カモミールティーをまた一口飲んで頷いた。