14くち 6
バートは慌ててマシューの肩を掴むと、「起きろ」と急かして布団の上で正座をさせた。
自分は正座をするとすぐに体が硬くなって立ち上がるのが難しくなってしまう為、バートは片膝を立てたり胡坐をかいたりと自由に振る舞った。
「待てよ。近い内って?学校はどうするんだよ。志士頭は?演劇部は?やめるわけじゃないだろう?」
「やめるわけじゃないだろう?」と聞いたものの、学校を辞めずしてどうして近いうちにアメリカに戻るなんて言えるのか。
自分で言っておきながら、バートは自分の言葉の意味をよく理解していなかった。
マシューが言っていることは、「一時的にアメリカに戻る」ではなく、「アメリカこそを家として日本を後にする」と言うことだ。バートにもそれが分かる。
だからこそ、これまで日本で築いてきたものが、今後いつかの近い内、果たしてどうなってしまうのか、心配だった。
そもそも、近いうちとはいつなのか。一年後なら卒業だからちょうど良いけれど、マシューは、何故だかそれよりも早く動いてしまう気がする。準備さえ整ってしまえば、明日にでも。
桜並木でのことで、マシューが抱えていたいざこざは解決したものだと思っていた。だって、今日の夕食は楽しかったし、カードゲームだって初めて勝てたし、日本語勉強にあんなに熱心に付き合ってくれたことなんて今日くらいだ。
これから全て良い方向へ変わっていくのだと思っていた矢先、バートが望んでいた未来とは違う形で、マシューは心を決めてしまっていた。
「自分が恥ずかしいんだ。だって、自分らしくいることと独りよがりは違うだろ。紙一重だけど、違うものなんだ。なにをやっていたんだろう僕は…。今更気がついた。ごめんバート。間違っていたのは僕だ」
答えになっていない。
話を聞いていない。
共演のことで弱り切っていたマシューと同じだ。
弱り切っていたところに、大きな気持ちの変化があって、心がついていけていないんだ。
マリッジブルーみたいなものかも。
「分かった。分かったから落ち着こう。な?カモミールティーでも淹れよう。お前好きだろ。冷たいのにしような」
「なんで?今話しているのに」
「話しているから必要なんだ。いいだろ?少し長く話そう。どうせだったら、明日も休むくらいの気持ちで」
マシューは「冗談でしょ」と、立ち上がったバートの背中に向かって言ったが、バートにとっては本気だった。
こんな状態の人間を、昔見たことがある。
態度や様相は全く違うけれど、昔のダンケだ。
メルナード姓の頃、育った家が建つ北アイルランドの家に通うことを、どんなにひどい目にあっても辞められず、疲弊し切って床に倒れて息をして、べらべらと喋くるバートをただ見上げることしか出来なかった、あの頃のダンケにそっくりだ。
今にも息を引き取ってしまいそうな病人みたいだったんだ。