14くち 4
「なあちょっと」
「なによ」
「起きてるだろ。話そうぜ」
「寝てるからやめて」
「後生だから」
「だからそんな日本語どこで…」
窓の方を向いてこちらに背を向けているマシューの、上向きになっている方の肩を叩き続けると、彼はその手を払ってしぶしぶこちらを振り返る。
気持ち良いくらいに晴れた空のように、爽やかな青色をしているベビーブルーの瞳が、一層青く見えた。
「明日こそは学校なんだけど」
「今日は学校の話は禁止」
「どうせあと三時間で明日だよ。諦めな。僕はもう開き直ったぞ」
「明日まであと三時間もあるんだから今日のことを話そうぜ」
「明日五時起きなんだけど。十二時に寝たら五時間しか眠れないんだけど。僕のアンラッキーナンバーは5なんでしょ」
「七時まで寝てろ。家族に勝る学校無しだ」
「あ~、めんどくさっ。この自己中心無責任野郎め」
眉間に皺を寄せてうんざりしきった溜息を吐いて、マシューはうつ伏せになった。
「それで聞こえるのか?」
「うつ伏せだと僕は眠れないの。これは寝転がりながら話を聞く体勢」
「ふーん」
なら良しと、バートは天井に視線をやって、なにを話そうか考えた。
「そうだな、じゃあ、……うーーーーーーーん」
「考えてから話しかけろよまったくもう!」
「あわわわっ」
「あわわわじゃねぇよあばさけんなま!」
うつ伏せのマシューは上半身を起こし、マシューの生みの母でありバートの育ての母のように恐ろしく怒った。
やはりお互い生みの母親似なのだとつくづく思う。
怒った顔が生みの母親そっくりだもの。
母よりはまだもう少しだけ怖くない顔で腹立するマシューは、ふんと鼻を鳴らすと、またこちらに背を向けて枕に頭を戻した。
結局、なにを話そうかと悩み続けたけれど、なにも思いつかなくてそのまま黙り込むしかなくなってしまった。
なにかを話したかったし、話すつもりだったのだけれど、どうもマシューを叩いている間に忘れてしまったらしい。
俺って鳥頭かもしれない。
元から頭は弱いけど。
仕方が無いから、全身全霊をかけて一生懸命頑張って寝てしまおうかと考えていると…。
「ところでさ」
こちらに背を向けて、カーテンの隙間から見える一筋の月明りに照らされるマシューが、呟くように言った。
そちらに頭を向けて、返事をしようとしたところで、マシューの方が早く続けた。
「僕、アメリカに戻るよ」
「え」
静けさがより一層際立つようだった。
マシューの言葉は深海の室内を反響して、家具の隙間や鍵穴に吸い込まれるようにして消えていった。