14くち 3
時計の針が二十一時を指すと、どちらからともなく教材を囲っていたテーブルから離れて、洗面所へと向かった。
「押すなよ」「僕が先に入る」と洗面所の取り合いが始まり、弾かれたバートは渋々部屋の教材を片付けて布団の準備を始める。
天日干しにした敷布団を広げて、薄い掛布団を被せた。
歯ブラシを口に突っ込んで居間に戻ってきたマシューも、自分の布団を蹴り転がして敷いてゆく。
「なんで暑くても毛布を一枚被っていなくちゃ落ち着いて眠れないんだろうな」
「ぐぁが」
歯磨き中には話しかけられたくないとマシューはよく言う。
うっかり返事をして床に歯磨き粉を垂らすからだと言っていた。
今も返事をしそうになって、すぐに口を閉じて垂れてきた歯磨き粉を手で受けると、布団を蹴っていたはずの足がバートに飛んできた。
「い、今のは独り言だぜ!」
「んがー!」
でかい独り言だな!
雄弁な蹴りであった。
バートは自分の枕だけは足蹴にされまいと小脇に抱え、逃げるように洗面所へと駆け込んでゆく。
その間にも、マシューはバートのブランケットを蹴り飛ばしていた。
ひと悶着あってから布団に入ったけれど、その日はちっとも眠くならなかった。
目がしょぼくれてくることもないし体が温かくなってくることもない。
なにかが違う気がする。
ここ最近、ずっと違う日が続いていたけれど、今日は特別なにかが違う気がして、落ち着かないのだ。
バートは腹部にかけたブランケットを握りしめて、マシューに言った。
「全然眠くないよな」
「全身全霊をかけて一生懸命寝てしまえ。頑張ってしまえ。おやすめ」
「殺生な」
「そんな日本語どこで…」
どうやらマシューは眠れるようだ。
雑談もそこそこに、すぐに二人共静かになって、バートは冴えた目のまま、ブランケットをしばらく揉んでいた。
電気が消えてしばらくは宵闇に目が慣れず、瞼を閉じていないのに視界は真っ暗だったけれど、その内微かに周囲の様子が伺えるほどになってくる。
枕の上で頭を動かして辺りを見回すと、深海ほどの暗さの室内で、オープンキッチンの蛇口の先端に滴が揺れている。
クリーム色の木製タンスも今や真っ青に見える。その上に飾られているベッラの写真も。ベッラの写真の隣に置かれているカードゲームのデッキホルダーも、そのまた隣の切り花も。
床のフローリングも。真っ白だった天井も。隣のマシューのブロンドも。
寝息も聞こえない静かな室内の空気そのものが、夜の色をしているようだった。
バートはなんだか息苦しくなって、腕を伸ばして隣のマシューを叩いた。