13くち 24
マシューは首を振ってバートに訴えた。
決して。
決してと。
「違う。…違う!」
マシューはようやくバートの瞳を見つめ返した。
自分がとんでもなく馬鹿な勘違いをしていることに、十年近くもかけて気が付いたのだ。
人と違うことをしよう。
バートのように、けれどバートとは違う自分になる。
そうすれば、きっと自分だけの個性がそこに生まれる。
人真似ばかりしていては、それは自分ではないのだから。
ありふれている。
こんな考えこそが月並みだったのだ。
「好きなことだってやってきた。だ、だって、カードゲームも、ガーデニングも、紅茶も、楽器も舞踏も……他に…他には、え演劇だって、バートの真似みたいになったけど、本当に、志士頭演劇部の皆が格好良くてたまらなくて、僕もあの人たちと同じ舞台に立ってみたくて、色んな自分を知りたくて、心からやってみたかったことだ。日本語の勉強だって、バートと違うことをしようと思って始めたことだけど、でも、楽しくなきゃ続けてない。僕は自分のやりたいことを選んできたんだ。そうだ、お前の言う通りだ、バートラント」
ガーデニングもカードゲームも紅茶も、好きな人なんて大勢いるけれど、自分はその大勢の好きな人の内の一人だけれど、それらを好いているマシュー・メルナード・日国は自分だけ。マシューなりの楽しみ方があるのも自分だけ。
それが自分らしさだったんだ。
「ならどうして自分の考えを持って、信念のもとに行動してきたマシューが、どこにもいないことになるのさ。なんにもないことになるのさ。国に関係なく、俺からも離れて楽しめる大切なものを、そんなにたくさん持っているのに」
「……」
「ほら、ここにちゃんといるだろう」
自分は自分一人だけ。
これだけで既に偉大な個性であることを、認めようとしなかっただけだ。
誰かの長所と自分の短所を見比べてばかりいた。
鏡を見ずに、足下ばかりを見つめていた。
「マシュー、お前は本当の自分を知らないだけだ。それだけさ。認めてやってくれ。どんな自分でも。俺はいつだって受け入れるよ」
バートの口からあっさり吐き出された言葉が、自分のこれまでを否定することも無くただ諭すように語り掛けてくる。
自分らしさに囚われるあまり、自分を見失って蔑ろにしていたのだ。
僕よりバートの方が、ずっと、マシューのことを分かっている気がした。
バートの瞳を見つめる。
エメラルドグリーンの瞳に映り込んだ自分を見て、自分の手元を見た。
広げた掌に散った桜が降り注ぐ。
「そうか、…これが、僕か」
その桜を手の内に柔くしまい込んだ。