13くち 19
「早くなんとかしなくちゃいけないのに、もうどうしたら良いのかも分からない…。家族にこんなに迷惑をかけているのに、こんなに頑張っているのに、なにも結果を出せなかったら、…どうしよう」
けれど、「本当は全部分かっている」と言うマシューはこれも分かっていた。
バートラントは、決して、誰かの思い通りになるような人物ではないと言うことを。
自分でなんとかしなければと思うマシューの対面には、自分がなんとかしてやりたいと思うバートがいた。
どうすればマシューが落ち着けるのか、考え得る方法はいくつかあった。
けれど、眼前の青年が自分の助けを必要としているのかを考えると、それは躊躇われた。
バートは、どうしたら良いのかが分からなかった。
「あの舞台で本当の僕が目覚めると思っていたんだ。まだ僕が知らないような僕らしさを手に入れられると思っていた。そのマシューこそが僕になるんだと思っていた。…でも、なのに、お前が来て台無しだ。本当はお前になんか来てほしくなかった。僕にバートはいらないのに!」
助けどころか存在までいらないと言われたが、それでもなんとかしてやりたい。
目の前で叫ぶ青年が、カフカであり、マシューだからだ。そして自分が、代役ロマンであり、バートだからだ。
あの時舞台で叫んでいたのは、カフカを透かしたマシューだった。
志士頭学園の手から巣立った女性・盃 花美は、カフカと言う名を借りた、マシューと言うコップの底を描いていた。
彼女は腕をめいっぱい伸ばしたテーブルの先で、確かに、マシューと言う青年を掴み取っていたのだろう。
彼がなにに悩んでいたのか、どういう人間なのかを、呑み込める限り、呷った結果が、カフカ・カートランドだった。
不安感から取り乱して、カフカと同じく目に涙を溜めて叫ぶマシューが、バートには酷く痛々しく見えた。
弱り切った動物が外敵から身を守る為に威嚇をしているようで。
しかし動物のそれとは違って、マシューは怒鳴ってしまった後、自分の言動を振り返って酷く後悔した顔をする。
それが、マシューとカフカの違いであり、花美が見抜けなかった"浅い底の少ない中身"なのかもしれない。
劇中のカフカは、自分のことばかりを考えて、後悔する時さえも自分の為であったが、マシューは今、存在をいらないと言った代役の顔色を、伺ったのだから。
それが嬉しかった。
「違う、ごめん…。バートを傷つけたいわけじゃないんだ。違うんだ。こんなんじゃない。今のは僕じゃないんだ」
対してマシューは自分に失望していた。
バートを傷つけたいわけじゃない。
こんな乱暴に怒鳴りつけたりもしたくない。
大切な家族なんだ。
大事にしたい。
でも、そうするには、自分一人だけがあまりにも弱過ぎる。
惨めでみっともなくて、恥ずかしくて隠したくてたまらない。
その弱さを意図せず露出させようとしてくるバートが、怖かったのだ。
怖くて逃げた。傷つきたくなくて離れた。弱さを克服する為にやってきた。家族を大切にしたいから自分の為に動いた。
決して、誰かを攻撃することを理由にここまで来たんじゃない。
なのに。
「いいんだ。お前の気持ちを沢山聞かせてほしい」
混乱して震えるマシューの肩を、バートは擦ってやる。
マシューは驚いたようにその手を払い除けたかと思うと、次に息苦しそうに咳き込むものだから、介抱しようと再び手を伸ばし、律儀に第一まで留められていたシャツのボタンを一つ外してやる。
「平気か?」と尋ねるけれど、マシューは更に傷ついたように深い溜息をついたきり、開いたシャツの前を握りしめてなにも言わなくなってしまった。




