13くち 17
「ずっと悩んできたんだ。自分の在り方に」
「うん」
「それで、アメリカで気がついた。お前がいるところに僕はいないって」
「ここにいるじゃないか」
その言葉はマシューには、「ならばお前はどこにもいないではないか」と聞こえた。
「いないんだ。バートラントの弟はいても僕はいない。日国家の末弟はいても僕じゃない。毎日そう感じるんだ。だから日本に帰ろうと思った。一番の動機はそれなんだ。日本になら、マシューはいられる。なのに…」
「……なら、今、…日本のどこにマシューはいる?」
「今はどこにもいない」
お前がいるなら僕はいない。
花弁が落ちるよりも微かな声は、桜の木が風にさざめく音に攫われて消えてゆく。
バートは聞き返しては来ない。聞こえたとも思えないが、彼はマシューの言葉に返事をした。
「お前はどこにいても良いんだぞ」
「お前にはどこにもいてほしくない」
「俺はお前といたい」
「僕はお前とはいたくない」
「大事な家族だ」
「ああ僕もそう思っている」
「ならどうして」
どうして俺をそこまで嫌う?
"「自分じゃない他人がいるのだから、思い通りにいかないのも、嫌われてしまうのも仕方が無いんだ。自分らしく生きると言うことは、自分に合う人と合わない人を探すことでもある」"
そう言うバートが、「何故嫌われるのか?」と疑問を持つのは初めての事だった。
自分はこれだけ家族を愛しているのだから、家族も自分を同じだけ、いやそれ以上に愛して然るべきだ。
そう考えたことなんて無いけれど、性格の不一致だって家族間でも生ずるものだと分かっているけれど、そういう問題ではないことはバートにも分かる。
だから疑問だったのだ。
「嫌われていることは分かっている」けれど、「なぜ嫌われているのか」、バートにはずっと分からなかった。
それを今日、初めてマシューの口から聞くことになった。
「バートになれたら良かったな」
「それは…」
「言われなくとも分かっているんだ。本当は全部分かっているんだよ。なのにバカみたいなことを考えてばかりで、自分が嫌になるんだ。嫌悪感がもう自分ひとりじゃ足りないんだよ。お前がずっと羨ましいんだ」
「…」
「日本人にもなりたい。バートがアメリカ人。僕が日本人。そうしたらきっと変われる。今の僕をやめられる」
今の自分を辞めたい。
そういうマシューは、今しがたまでバートと合わせていた視線を、自分にはその資格が無いと恥じるかのように地面に落とした。
俯くマシューは、顎を引くほどに猫背になり、バートはその肩を掴んで上を向かせようとする。目を見て話がしたい。
けれどマシューは足元の桜を見つめるばかりで、バートはマシューを待つしかなくなった。