13くち 16
マシューが歩く速度を緩めると、バートは少し遅れてそれに気づく。
耳にかけていた髪が風で垂れてくるのを嫌がって、手で抑えながらバートは振り返った。
「どうした?ほら来いよ」
合わせる気が無い。
お前こそが俺に合わせろと、掌を空に向けて指を内側に何度も折り曲げて「来い来い」をした。
「そんなに早く歩いたら、話が終わる前に家に着いちゃうだろ。少し話そう」
「家に着いたら話せば良いだろ?」
「ベラ姉の前で話せないよ」
バートにとっては妹。マシューにとっては姉である日国家の亡き長女、ベッラないしベラ姉こと、ベラーノ・メリカン・日国の名前が出るや、バートは素直に従って立ち止まった。そしてマシューのところまで戻ってきた。
「ベッラがなんだって」
「ベラ姉だけじゃないけど、他の家族の前じゃ話したくない」
「なら俺には言えるんだな。言えよ」
マシューは言葉を選ぼうかと考えた。
考える為に一瞬だけ黙ったけれど、選んだところでバートに上手く伝わらなければ意味が無いと気がついて、思ったことをそのまま口にした。
「どこで生まれてもお前とは違う国を選んだ。これが言いたかった」
他の家族の前で言えることではない。
たしかにその通りだった。
向こうの山に触れそうなほどに沈みつつある太陽が、桜の淡い薄桃色を朱色に染めていた。
「…そうか」
「ああ。国外にだって出たさ。たとえアメリカ生まれのアメリカ人だったとしても」
バートはどんな顔をしたら良いのか分からないのか、神妙な面持ちでマシューを見つめる。
「俺は、マシューが日本人としての自覚を強く持つ為に、アメリカを出たのかと。だから、アメリカ人の俺が、邪魔だったのかと…」
アメリカにいては芽生えかけた日本人としての自覚が薄れてしまうから。
二国ともを選ぶ、と言う考えは出来ないから、生まれ故郷の日本こそを選んだのだと思っていた。
「でもそれだけじゃないんだな」
「ああ」
「…俺、お前にそんなに嫌われるようなことでもしたかな」
「していない」
「じゃあどうして」
「俺が悪いんだ」
バートは困惑している様子だった。
なんでなんで攻撃はやってこなかったけれど、「どうしたら良いのかが分からない。それに酷く落ち込んでもいる」と彼の沈黙がマシューに語り掛けてくる。
そのバートに、どうしたら、自分のこの一言では到底言い表せない心情を、なるべく穏便に伝えられるだろうか。
十年近く悩んできたことを、未だなにも解決していないこの気持ちを、なにも出来ないままでいる自分がどうして、上手く話せるだろうか。
それでも、今はどんなに口下手になってしまっても、今こそが話すべきその時なのだろう。
この胸の内を、ある日突然彼に打ち明けることなど出来ない。今がそのチャンスで、なによりもう限界だった。




