4くち 3
…
朝食を済ませるとすぐに外出の準備を始めた。
クローゼットからネイビーのシャツと、箪笥からボーダーティーシャツとスキニーを選び取る。
寝間着の甚兵衛を脱いでいると、昨夜枕替わりにしていたキャリーケースから、バートも着替えを引っ張り出しているところで、そのバートがマシューを見て言った。
「そういえば、日本って"おもてなし"の文化があるんだよな」
「それがなに」
「俺もおもてなししてもらえるかな」
「して欲しいの?」
「うん」
「じゃあ言っておく。おもてなしを受けたかったら、それを受けるに相応しい紳士淑女でいろ。客がお客様になるな。買い手と売り手はどこの国でも対等なんだ。金を払っていれば偉いんじゃないぞ。僕たち買い手は、売り手にお金を払う代わりに物を払ってもらっているんだ。結局は人間同士のコミュニケーションなんだから、礼儀正しく行儀良くマナーを守らなければ、他人に良くしてもらえるはずがない。分かったな」
「要は日本人に馴染めってことだろ?頑張るよ」
バートも寝間着を脱いで、右手首に巻かれた、心拍数の異常な変動を家族に知らせるアラームを外した。
バートは少しばかり厄介な病気を患っているから、いざと言う時の為にそれを装着している。今のところ、"いざと言う時"は来ていないけれど。
と言うか、僕の言っていることを理解しているのかこいつ。
着替え終わったマシューは、上半身だけ裸のままで「ジーンズどこやったっけなー」とまたキャリーケースを漁り始めるバートを通り過ぎ、ボディバッグに愛読書を一冊、ハンカチとティッシュ、ワックスと櫛、メガネケース、念のためのコンタクト、身分証明書を挟み込んだ財布、口寂しくなった時の為に飴玉とガムと、ゴミを入れる小さなチャック付きポリ袋を畳んで忍ばせた。
さて準備は完了した。
「バート、準備出来た?」
「うん出来たー」
振り返ると、プリントティーシャツとハーフパンツに、サンダルを手にぶら下げたバートが、財布をポケットに突っ込んで棒立ちしている。
「オシャレ番長とファッションモンスターに喧嘩売っているのか」
「いつも着てる服なんだ。これで良くね?暑いんだし。日差しも強くなるだろうから、帽子とシェイズも忘れないようにしないとな」
「アメリカならそれで良いけど日本でそれはダサい。日本人は美意識高いんだから、俺と出かけるならもうちょっとマシなのにして。ここはアメリカじゃないんだから。そういうのやめてよ」
「俺は顔面がオシャレなエンターテイナーだから着飾る必要ないんだけどなあ」
バートは納得がいかないような顔をしていたけれど、すぐにまた屈んで、キャリーケースを漁り始めた。