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【挿絵131枚+漫画78頁有】ヒトくちばなしっ!B&C  作者: ほやざ
13くち「俺とお前のサウダーデ!嗚呼、麗しの日本国!!」
167/270

13くち 13

 

 いつも通り、体を念入りに洗ってから湯船に浸かる。

 今日はいつもより早く銭湯に来たから、その分ゆっくり浸かっていられる。

 最近は「早く家に帰ってあれしてこれしてそれしてどうしなければ」と義務感やら使命感やらに急かされて、湯船に十分も浸かった記憶が無い。

 一週間前の今日は湯船に浸かることなく、体を洗ったらバートを残し、走って家に帰ったくらいだ。

 なにもかもに急かされていた。

 でも今日は三十分は上がらないと心に決めた。



「なあマシュー」

「なに」

「暇だからワードチェインしようぜ」

「やだ」



 ちなみにワードチェインとは英語圏での「しりとり」を意味する。

 他にも、「ラストアンドファースト」「オメガアンドアルファ」「グラブオンビハインド」など様々な呼び方が存在するも、日国家では「ワードチェイン」の名で親しまれている。



「なんで」

「つまんないから」

「じゃあ日本の話をしよう」

「いいよ」

「なんで」

「超楽しいから」



 最近になって、マシューが以前から時々口にする「超」だとか「ヤバい」だとか「マジ」だとか「ガチ」だとかの言葉の意味が分かるようになってきた。

 ダンケも言っていたけれど、いくつもある日本語は一つの単語にまとめることが出来る。

 日本の若者が使う「超」「ヤバい」「マジ」「ガチ」は、「凄い」と言う意味だ。

 余談だけれど、日本で言う「私」「俺」「僕」「自分」と言う一人称は、英語では全部「I」だ。

 ダンケからこのことを聞いた時、「なるほど日本人でも日本語を使いこなせるはずがない」とバートにも頷けた。


「ひらがな」「カタカナ」「漢字」

 おまけに膨大な語彙。


 全て日本語の一部で、全部合わせて日本語だけれど、これじゃあ三つの言語を扱っているようなものだ。

 この三つの言語を習得し切るには、日本語と言うものは、あまりに複雑で、曖昧で、繊細過ぎるのだろう。

 さながら、その言語を扱う日本国民のように。



 バートとマシューは日本と言う国について深く語り合った。

 他国の文化の宗教的意味合いを無視して、旨いところだけを上手いこと楽しんで、「日本式」に変えて吸収するところ。

 情緒ある季節により生活様式を変え、風情を楽しみ共生する人々。

 身の回りを囲う八百万の神の概念の発展なのか、なんでもない周囲の人間をも気軽に「神」としてしまう大雑把な価値観。

 国土のほとんどが山林なのに大して人口が多過ぎて、どこもかしこもこじんまりしていて、近過ぎる人との距離。

 地震、雷、火事、親父。ついでに台風土砂雪崩諸々。(おそ)るべき自然。


 浴槽の縁にもたれて、マシューは「ここは、日本は、僕が望ましいマシューでいられる場所だ。気が楽なんだよ。肌に合うって言うのかな。昔の嫌な事を忘れて、今に集中出来るんだ。だって、まだ途中だけど、僕はここに来て、ずっと良いマシューになれている。本当だよ?」と弁舌をふるった。

 声色は眠たいのか気だるげだったけれど、よどみなく続く日本語に、バートは静かに頷いていた。

 納得しかねることも理解出来ることもあったけれど、ただ頷くだけに留めた。

 とにかく、マシューは日本が好きなのだ。大好きなのだ。

 それが伝わってくるだけで充分だった。



「だから、僕は日本人なんだ。この国で生きる為に必要な責任はちゃんと果たす、日の丸背負った日本人なんだ」



 まるで夢見心地だ。寝言だと言われても信じるほどに、ぼやぼやした口調だった。

 バートは一言「そうだな」とだけ返事した。

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