13くち 12
バートは手続きを代理で済ませてくれているマシューの背を見て、久しぶりにやってしまったと思う反面、いつものマシューがそこにいるような気がして、涙よりも笑顔が零れていた。
手続きを終えたマシューが振り返ると、その笑顔はすぐに引っ込めた。
反省している態度を見せるには、笑顔は三十分くらい禁止だ。
時計の針が十五時に近づくと、二人は当面の食料やその他日用品を買い溜めして家路を辿った。
長蛇が続くレジに並んでいたら、家に着く頃には十六時を回っていた。
少し早いけれど、購入した品物を片付けると、銭湯用の荷物を持って、またアパートを出た。
いつも通り、佐々貴さんに挨拶をして、番台で受付をしてもらう。
今日も夕飯を食べていくかと聞いてくる彼に、マシューとバートは顔を見合わせるけれど、マシューはひとりで答えを決めた。
「いつもありがとうございます。でも、バートが夕飯の下ごしらえをもう済ませちゃっているので、今日は…すみません」
本当は済ませてなんていないけれど。
隣のバートも「した覚えがないぞ」とマシューにまばたきを繰り返す。
余計なことを言われる前に、その背中を蹴り飛ばして脱衣所に押し込んだ。
佐々貴さんは少し残念そうに、「分かったよ。ご飯を作るのが面倒な時とか、いつでも来てね。くめちゃんも僕も、ましゅくんとらんとくんとご飯食べるの、好きだから」と、皺くちゃな顔に更に皺を寄せて微笑んだ。
そして、「ごゆっくり」の言葉で見送られてから、マシューも脱衣所の方へ向かった。
なんだか、佐々貴さん夫婦が自分の、自分たちの祖父や祖母のように感じられて、やっぱり夕飯の会食を断るべきではなかったのかも、とマシューは少しだけ後悔した。
けれど、何故だか今日は、あまり他人と関わるべきではないと思ったのだ。
バートはマシューを休ませる為に、今日の「日国デー」を決行した。
疲弊だ辟易だと、とりあえずネガティブな言葉を揚げ連ねてゆけば、それら全てが当てはまるであろうマシューの現状にストップをかける為に、「休む」選択肢を取ったバート。
学業や自分の役職に追い込まれていたのもそうだけれど、人間関係などでも勿論疲れ切っていた。
不満があるわけではなく、関係維持の為に必要な"人付き合い"にも、友達が好きだとしても嫌気が差すことはある。人間同士だから、どんなに仲が良くても影が差す瞬間は避けられない。
思い通りにならない他人に嫌になるのはしょっちゅうだけれど、自分まで思い通りに出来なくなって嫌な人間になってしまうのはごめんだ。そうなる前に、リセットすることは大切だ。
今日はそういう日なのだろう。
それが察せるくらいには、マシューは少しだけ回復してきていた。