4くち 2
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朝食はお互い別々のものを食べた。
二人ともルーチンワークのように、一方は納豆と味噌汁を用意し、休日だからと魚も焼いて、もう一方はオートミールを牛乳で浸して、それでは足りないからと、キッチンでパンケーキミックスを開封していた。
マシューの方が先に朝食の準備を終えたのに、なんとなくバートが食卓につくのを待ってしまい、彼がパンケーキの載った皿を持って「待っていてくれたんだな」と言いながらこちらに近づいてきてから、「ああ!」と心の中で悲鳴を上げた。
バートが食べ始める前に「いただきます」と両掌を合わせて、慌てて納豆ご飯をかきこんだ。
家族皆で一斉にご飯を食べる決まりだったから!
腐っても家族だから!昔の癖だったから!
家族がいるとついやってしまう!
ああ僕の馬鹿!
顔を真っ赤にして魚を丁寧に解すマシューに、パンケーキを食むバートは言う。
「昨日から思っていたんだけどな、そのいたーきますってなんだ?」
思えば、日国家では母親がクリスチャンだが、"宗教観を押し付けない。家族全員が宗教多元主義者であること"と言う家族間のルールがあるから、食前にお祈りをするのは母親だけだ。その時の気分でバートも参加する時があるけれど。
父親とマシューは「いただきます」と言うけれど、気分が乗らなければバートはいつも無言で食べて、「美味しい」とだけ口にするような、そんな食卓だった。
日本御作法大全でも見たかもしれないが、やはり覚えていないのだろう。
ちなみに、宗教多元主義とは、あらゆる宗教が一つの社会に存在することとその価値を認め、共存しようとする思想である。
日本も一種の宗教多元主義的思想がある国だと言われている。
芸術のように魚の骨を取り除きながら、マシューは言った。
バートも弟の手つきにくぎ付けになりながら聞いた。
「今、僕がこの朝食を食べるに当たって、それに関わってくれた人々や、俺が生きる為、楽しく食事をする為に犠牲になってくれた命に対する感謝の言葉。それが"いただきます"」
「マムがやっているお祈りみたいなものか?」
「あれはジーザスに捧げる感謝でしょ?こっちは人と目の前の命に捧げる感謝だよ」
「"いてだきめす"も宗教的な意味合いがあるのか?」
「言葉なんてそのものが宗教みたいなもんでしょ」
「じゃあ…いなだけますは仏教かな。俺は宗教多元主義者だから、今はいたらきもすしようかな」
「良いから食べなよ」
どうせ言えてないんだから。
「うん。えらだきます」
食べ途中だと言うのに、今さら掌を合わせて挨拶するバートに、マシューは小さな溜息を零した。