13くち 5
「朝ごはんはなにを作ってくれたの。なにか良いにおいがするね」
「いつも納豆と魚と米じゃ飽きると思って」
「飽きないよ。ソウルフードだし」
「それでも飽きると思って、洋食だ。コーンブレッドと、スープと、サラダと、フルーツと、ヨーグルト。クランベリースコーンにするか迷ったんだけど、材料が足りなかったから、それはまた今度な」
「そのメニュー、なんだかアメリカの生活を思い出すよ」
「恋しくなったらいつでも来て良いんだぜ」
バートは「帰って来い」とは言わなかった。
日本人のマシューの言葉を尊重してのことだった。
マシューはくすぐったそうにまた笑って、「よっこらせ」なんて言いながら起き上がる。
「卒業したらね」
「夏休みにだって来れば良い。ダッドとマムも喜ぶ。ダンケだって、お前を旅行に連れまわしたいに決まっているんだから」
「気が向いたらね」
気が向くことは卒業までありそうにない。
バートにもそれが分かっていたけれど、いつでも喜んで自分を迎え入れてくれる場所があることを、今のマシューには伝えておく必要があると判断した。
マシューは本格的に動き始め、眼鏡を探して片手に持つと、布団を蹴り転がすのではなく丁寧に畳んで、部屋の隅に引きずった。
バートがスープを温め直して、冷やしていたフルーツとサラダを冷蔵庫から出している間に洗面所での用を済ませて、スッキリした顔に眼鏡をかけて居間に戻ってきた。
そしてやっぱり、最近癖になりつつある溜息を零してから、「さあ」と手を叩いた。
溜息は、機嫌の良さそうな調子を孕んでいた。
「さあ、食べよう。お待たせ」
「ああ」
テーブルに並んだ朝食を前にして、いつものように「いただきます」をしてからありついた。
猫舌の二人はぬるめのスープから手を付けて、その後にブレッドに噛り付く。
「うん、美味い」
「な」
面倒だから料理は好きではないと言うバートだけれど、誰かに料理を振る舞うのは好きだ。
アメリカにいた時は、仕事帰りの父の為に、週に四回は母と二人でおやつを作っていたくらいだ。
その習慣のおかげで父は甘党になったし、二か月で七キロも体重が増えた。
当時のマシューは勉強勉強、猛勉強。日本の勉強を始める前からアメリカでの勉強にも力を抜かなかった。
だから料理をまともにするようになったのは、日本で一人暮らしを始めてからだ。
しかし、一人分の料理を作るのは、技術は身につくが、費用がかさむし手間もかかる。精々週に二回もキッチンに立てば良い方だった。