13くち 3
「なあマシュー」
「うん」
「最近どうだ?」
「別に、普通かな」
「今日は早く寝ようか。そういう日があっても良いだろう?」
「宿題もあるし、演劇部と生徒会での資料作成もあるから、バートは先に寝な」
「なら、マシューは何時に寝るんだ?」
「目標午前零時」
今から五時間後の話だった。
「明日は何時起きなんだ」
「朝練あるから五時」
「五時間しか眠れないじゃないか。お前の生活のアンラッキーナンバーは"5"に違いないぜ」
「全部僕が選んだことだから。自己責任だから。早く食べな。うどんが冷めるよ」
またつまらなそうな顔をして、美しい箸の持ち方でうどんを掬い上げるマシューの手をバートは掴む。
マシューが危ないからだ。
うどんは汁の中に落ち、どんぶりの辺りに汁が飛んだ。
「マシュー、そういうのはやめよう」
「なにが」
「選んだことでも、自分を犠牲にしなくちゃならないことなら、いつでもやめて良いんだ。責任はあるかもしれないが、お前ひとりの責任じゃない。誰か余裕がある人に任せて良いんだ。不都合があったら休んで良いんだ。仕方が無いんだよ。多少は耐える必要があるけれど、そこまで思い詰めたり、追い詰められるほど価値のあるものじゃない。お前以上に価値のあるものなんて、他に無いだろ?自己責任なんて言葉で事態を良くしようとする為の思考をやめないでくれよ。そんなの全然合理的じゃない」
マシューはバートの言っている意味がよく分からないようだった。
小難しい顔をして、視線をまた遠くへ逸らす。
きっと今、いつもなら千を考える頭は、十を考えるだけで爆発しそうになっているに違いない。
「マシュー、頼む聞いてくれ」
「うん、うん、うん」
まるで寝言のような返事の仕方だった。
抜け殻みたいで、心ここにあらずで、視線を逸らして振り返ったら、パッと消えてしまいそうな気がした。
「いいか。今のお前に生徒会も演劇部も学業も、全部を熟すのは凄く難しいはずだ。出来たとしても長続きしない。その内潰れちまう」
「問題ないよ。大丈夫。心配かけたなら謝るよ。平気だから」
穏やかな口調で、変わらず目を合わせることなく、淡々と告げる。
共演した時の壮絶な芝居を披露してみせた彼とは思えない大根役者の家族が、バートには酷く痛々しく見えた。
「なあ、明日は学校を休もう?久しぶりに、また二人で出掛けないか?"日国デー"にしようぜ。ハックドナルドに行って、百円均一に行って、ヘンタイアニメストアにも行って、そうしたら夕食の買い物に行こう。そうだ。ほら、お前あの紅茶屋好きだろ?本でも持って行ってリラックスしたらどうだ?出掛けなくても良いんだ。お前が疲れているなら。カードゲームでバトルをしよう。ダンケと三人で話すのも楽しいぜ」
なにを言っても、こちらに顔を向けているのに目だけはそっぽを向いているマシューの頬を軽く叩く。
鬱陶しそうにその手を払いのけて、ようやく、しばらくぶりにマシューと目が合った。
この間、いつ目を合わせたのかなんて忘れるくらいに、マシューは深く考え事をして、考え過ぎてしまったようだ。
「マシュー、俺を見ろ」
「……」
「いいな?明日は休むんだ」
「……」
「学校なんてたまにずる休みしたって良いんだよ。俺なんて学校に行ったことすらないんだから。な?休もうマシュー」
マシューはまたすぐに視線を逸らして、しばらく黙考した後、ゆっくりと、小さく何度も頷いた。
諦めたようだった。