13くち 2
いつになったら帰れるのだろう。でも、家に帰ったところでどうしよう。早く寝たい。全然眠たくないのに。なにかに熱中したいのに、なんにもやりたくない。
感情が平坦で、つまらない。
そんなはずはない。
面白かったはずだ。あんなに笑えていたはずなんだ。
いざと言う時、いつだって、自分を笑顔にしてくれたもののはずなんだ。
そう思って毎日をもう少し笑って過ごしてみるけれど、ただ疲れるだけだった。
また余計に、自分が分からなくなるだけだった。
なにがしたいんだ僕は。
どうなりたいんだ俺は。
自分で自分を責めたててみても、時間を浪費するばかりでなんの答えも出てこない。
どこにいても、最近は笑うことより、溜息を吐くことが多くなっていた。
アパートに帰宅してもバートはおらず、銭湯の時間が近づくとスポーツジムから帰ってきた。
二人していつも通り銭湯に寄り、帰るとバートが夕食を振る舞う。
最近ではほうれん草のお浸しやエビの天ぷらが載ったうどんなんかも出すようになって、いよいよ和食に本格的に乗り出したようだけれど、本人は「美味いけど食欲のそそられない地味な見た目」と評価していた。
今日はそのエビの天ぷらが載ったうどんが初めて食卓に並んだ日で、七味唐辛子を湯水のように振り掛けるマシューを、バートは目を点にして見つめる。
「辛くないのか、それ」
「一味唐辛子は唐辛子一つで作られているから辛さが欲しい人向け。七味唐辛子は七つの香辛料を混ぜて作られているから、一味ほどの辛さは無く、どちらかと言うと風味を加えたい人向け。一味ほどの辛さで尚且つ風味も欲しければこれくらいかけた方が調度良いんだ」
「じゃあ俺も」
マシューほどではないが七味唐辛子をうどんに加え、二人とも一口目を啜る。
マシューは黙々と食べるのに対して、バートはうっとりとした顔で「美味い美味い」と咀嚼する。
そして先ほどの「美味いけど食欲のそそられない地味な見た目」を口にしていた。
マシューは共演後から口数が少なくなっており、バートが話をしてもあまり大きなリアクションは示さなくなっていた。
返事はしてくれるけれど、ぼうっとしてばかりで目線が合わない。虚空を見つめて、「美味しい」と言うのにまったく美味しそうな顔なんて見せてくれなくなってしまった。
箸を扱うには今日は指の調子が良くない日であったバートは、フォークでうどんを食べながら、向かいでうどんを啜るマシューを見上げる。
他人のお通夜に参列する人間だって、もう少し悲しそうなりなんなり、なんらかのフリくらいするだろうに、マシューは神経の無い化石みたいに、無表情で麺を啜っていた。