12くち 13
最後に、役者や裏方陣の志士頭学園高等部演劇部の部員たちが登壇し、急遽出演出来なくなった光五雨先輩のことと、その代役のバートも含めた紹介が行われ、全員で頭を下げると、会場はこれまで聞いたこともない拍手喝采に包まれた。
バートとマシューは上の空と言った顔で、他人事のようにお辞儀をしていた。
控え室に戻ると、部員たちは盛り上がり、マシューもそこに加わって愛想を振りまき、舞台中の失礼な態度を詫びていた。
部員たちはバートにも輪の中に加わってほしそうにしていたが、その彼は化粧を落とし私服に着替えて、遠目に演劇部を見守ることに徹していた。
花美先輩が「話しませんか」と誘っても、「台本の言葉はマシューから教わっただけで、日本語はほとんど分からない」と突っぱねていた。
話し合いが落ち着く頃に、バートはマシューを英語で呼び出した。
日本語はほとんど分からない、だなんて真実半分嘘半分を並べた手前、英語を使って説得力を持たせるつもりのようだ。
最近では日本語での会話が増えていた為、英語で話しかけられるのはなんだか違和感があった。
「Is school over?(もう学校はおしまいか?)」
「Yes. I'm done.(うん。終わったよ)」
今日は公演だけだし。
ならば、と言うようにバートは車の鍵を見せて、「帰りたい」と意思表示をしてきた。
マシューもそろそろ良い子ちゃんぶるのは疲れてきたところだったので、皆を振り返ると、「兄さんは騒ぎを起こしたくないから早く帰りたいそうだ。僕も送ってやらなくちゃ」と言い訳を並べて、二人して大して上手くもない愛想笑いを浮かべて、レンタカーの許まで向かった。
送ってやらなくちゃ、なんて言ったけれど、送られるのはマシューの方だった。
アパートに帰るや、バートはコロッと態度を変えて「夕飯は中華が食べたいぜー!回鍋肉!」と言って冷蔵庫の中身を確認し始める。
マシューは泣くわ怒鳴るわとネガティブ感情の権化・カフカを演じ切って疲れてしまい、布団も敷かずに床の上で寝転がった。
流れる雲を見ていると、いつだかのバートが、何故ここで昼寝をしていたのか分かる気がした。
「なあマシュー、回鍋肉で良いよな。豚肉があるし」
「……」
予想と違った。期待通りでなかった。
思った以上の芝居が出来たのに、こんなはずではなかったと、カフカが未だ叫んでいるような気がしてならない。
内に眠る可能性など、一ミリメートルも目を開けた兆しは無い。
九畳一間のアパートのフローリングの上で、窓の向こうで高くまで昇る太陽を見上げているだけだ。
自信は一ミリグラムも湧き出てこない。
次期部長に選ばれて既に三か月以上も経つのに、その決意が固まるのも今日だと思っていたのに、果たして自分に務まるのだろうかと、むしろ不安が募るばかり。
心臓は弱々しく、ただ早く鳴り続けている。
流し忘れたのか、最後の一粒が頬を伝っていった。