12くち 12
マシューは自分の出番となると、今までの稽古で一度もそんな演技はしなかったのに、泣いていた。
胸を掻きむしって、自らが矮小な人間でないことを証明するべく、両手を大きく広げて見せ、何度も何度も考察と練習を重ねてきた台詞を放つ。
「私は、……特別なんだぞ。私を見ろ!私こそを!」
声が嗄れるほど、全力だと自負出来るほどの心からの叫びであったが、同じ舞台に立つからこそ分かる。
「お前に私の苦しみが分かってたまるか!馬鹿にするな!私を下に見るな!お前なんか!お前なんかに!」
敵わない。
「私はお前達とは違うんだ!比類のない才能を持ち、実力を持ち、未だ可能性を隠し持っている!役の為なら自分を捨ててやろう!いくらでも!お前なんかに主演が務まってたまるか!私の役だ!私の場所だ!」
足りない。
「もう一度舞台に立ちたい!あの場所が恋しくてたまらない!光を受ける為に生まれてきた!私にはあの場所しかないのに!なのに、どうしてこんな手段を取らなければあの場所に立てないんだ!自分が憎い!憎い!憎い!」
届かない。
「だれでもかまわない」
バートラントを超えられない。
「わたしをみてくれ」
"どんなに私(僕)が大声で泣き喚いたって、物言わぬ彼の微笑みに、世界は注目するのかもしれない。"
カフカの孤独が、今この時ようやく理解出来た気がした。
演技なんかではない。本気の涙が舞台の上で弾けた。
暗転し、一度舞台袖に戻ると、称賛の声をかけてくる他の部員たちを無視して、涙を拭き化粧を直し声を整えてからもう一度控えた。
その隣に、バートが並ぶ。
二人とも無言だった。
見つめるのは舞台の上だけで、出番が来ると二人は同時に進み出た。
後に花美先輩が言うには、この終盤の芝居で、マシューとバートは喧嘩をしているように見えたらしい。
カフカとロマンが傷つき合ったお互いを慰め合い、立ち直る為の穏やかなシーンが続く中で、主演と準主演の役者二人は、その芝居の実力で殴り合いをしているようであったと語った。
翌週の学校新聞でも似たようなことが書かれていたけれど、マシューは思う。
ボコボコに打ちのめされただけであったと。
殴り合いなんかじゃない。ひたすらタコ殴りにされただけだ。
同じ舞台に立ち、バートラントを前にしていないから分からないのだ。
何者をも懐に迎え入れるのに、しかし圧倒的な力の差と言う壁を感じる。
その壁の向こうへ行きたい。
けれど、その向こうへ至ることは到底出来ないと、ロマンの微笑みを浮かべるバートを前にして、カフカの愁眉が崩れてしまうマシューには分かる。
その壁の向こうへ至れないのではあれば、果たしてどこへ行けるのだろう。
舞台の上で、マシューは最後に、必死に取り繕ったカフカを振り絞るようにして演じ切る。
「ならば、カフカ・カートランドはもう一度、光の下を歩めるだろう。華麗なるウェル・メイド・プレイ。私たちの舞台を」
会場に拍手が響き渡り、四十分間の舞台は幕を下ろした。




