12くち 10
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バートはレンタカーですぐに志士頭学園高等部にやってきた。十分もしなかっただろう。
彼が控え室に入るや、その場の数人、特に花美先輩は目を丸くしてバートとマシューを交互に見つめた。
垂れに垂れた目をまん丸にして見開いている。こんな先輩の顔は初めて見たくらいだ。
「バートラントだ…。嘘だ。月間ファッショニスタで表紙を飾っていた男だ」
彼女もファッション雑誌など読むのかと失礼ながらもそう思った。
数人がミーハー気分で握手を求めようと駆け寄るも、バートは「家族の為に来たんだ」と言ってそれらを無視してマシューの許へ歩み寄る。
化粧台前の椅子に座っているマシューの前で跪いて見上げる。
「頭に入っているのは台詞だけだ。どう芝居するかは俺の感性次第で問題ないか?」
「兄さんならどうにでも出来るでしょ。今から一度だけ、駆け足でリハーサルをするけれど、台詞と大道具で状況を考えて思うままに動いていい。任せるよ。僕はそれに合わせる」
「分かった」
そう言ってすぐに動き出すと思ったけれど、バートはそのままの姿勢でマシューの顔色を伺っていた。
「本当にお前の本心か?」
「なにが」
「言われなくちゃ、俺は馬鹿だから分からないぞ」
「お前は学は無いけど馬鹿じゃないよ、バーカラント」
エメラルドグリーンの瞳がなにかを訴えかけようと、マシューのベビーブルーの瞳を捉える。
それこそ、バートがなにを言いたいのか、マシューだって言われなければ分からなかった。
「本心だよ、全部」
全部嘘さ。
生まれてから本当のことなんて、一度も。覚えが無い。
親に、兄弟に、友達に、他人に、世間に、社会に、自分を見てと言うものの、なんにも無い自分を見せびらかすのが怖くて、代役を立たせる臆病者の大嘘吐きだ。
衣装が少しキツイと言うバートを、一度キリだからと宥めてリハーサルを行った。
時間が無い為、リハーサルは物語のさわりの部分のみを確認して、あとはぶっつけ本番で挑むこととなった。
が、問題は無さそうだ。
天性の素質であり、ブロードウェイの舞台や、モデルやドラマの撮影で培われてきた本場の感受性と表現力が、物語の台詞よりも雄弁にロマン・ハースを物語っていた。
花美先輩が呆けた様子で口を閉め忘れている姿も、これも初めて見た。
他の部員も文句のつけどころが無いと拍手を送っていたけれど、バートはやめろと言わんばかりに首を振り、本番まで控室に籠り、自分の動きを何度も確認し直していた。
場は完全に持ち直していた。
日国兄弟を置き去りにして。