12くち 8
「俺は行かない方が良いんじゃないかな、マシュー」
想像していなかった答えが返ってきた。
彼がなにを言ったのかすぐには理解出来ず、吸い込みかけていた酸素が止まり、喉が"はく"と鳴った。
「これはお前達の舞台だろ?マシューが自分でそう言ったんだぜ」
「…プロもアマも関係ないって言ったのは、お前だろ」
「ああそうだ。俺とお前にはプロもアマも関係ない。でも部外者なんだよ」
「……」
八方塞がり。板挟み。袋小路。ジレンマ。
マシューの頭の中に一斉にそれらの言葉が浮かび、それ以外の言葉が出て来なくなってしまった。
いっそのこと、二つ返事で「マシューが言うなら」と言ってくれた方が、ずっとマシだ。
だって、望んでもいないことを頼み込まなくちゃならなくなるから。
バートはマシューが沈黙したので、引き続き言葉を紡ぐ。
「マシュー、なにかあったのか?」
「……」
「お前が俺を呼ぶはずないだろ?お前は俺を進んで突き放して置いてけぼりにするような、俺にだけ優しくないヤツなんだぜ?俺が必要だとしても、お前から俺を呼ぶなんてことしないはずだ。なにかあったんだろ」
バートの言葉は、自分で言うにはあまりに寂しい内容だった。
マシュー・メルナード・日国はバートラントには頼らない。たとえバートこそが必要であったとしても、バートが必要な事態であればあるほど、自分一人でどうにかしようとするはずだ。
マシューはバートが嫌いなのだから。
バートにだってそれくらいは分かる。何よりも分かる。
世間の事は知らないままでも、家族の事なら知る努力をする男だ。
「マシュー、言われなくちゃ分からないぜ。話してくれないか」
マシューは随分昔のことを思い出した。
おもちゃを買いに、両親にホビーショップに連れて行ってもらった日だ。
すぐに決めて商品をレジに通したバートは笑んでいる。いつまでも悩むマシューは結局最後まで決められなくて、また今度来ようと言われて「嫌だ」と泣き喚き、両親に引き摺られながら帰った。
いつまでもメソメソしているマシューを父も母も放っておいた。
元から子供より夫婦としてのお互いを大事にする両親だったから、ちょっとやそっとのことではバートやマシューを慰めたり甘やかしたりするような家庭ではないのが日国家だ。
父と母と言うより、男と女であることの方が彼らには重要だったのだ。そういう家庭だった。
だからこそ、兄弟は両親に執着しない性格に育ったものの、承認欲求の強い幼少期から、自分を表現する術を心得ているバートとは違い、マシューは性格上、それが上手く出来ずに歯がゆい幼少期を過ごしてきた。
この両親とマシューの性格は、家族仲はともかくとして、相性が良くなかった。バートはアピールするが、マシューは察してもらおうとした。これがいけなかった。
バートは程よく両親の間に入っていけるのに、マシューはいつも問題無いと言う態度で一歩引いたところにいるか、両親が構ってくれるのを待つような子だったのだ。
積極的に構ってくれるような男女では無いと分かっているはずなのに。