12くち 7
呆けて部員たちの足下を見つめたままでいることしか出来ないでいると、ふとマシューの頭の中にバートの顔が浮かび上がった。
輝き、閃き、瞬き、照り焦がすかのような眩しさと笑顔を振りまく彼の顔が浮かぶと、次々と、彼と舞台の練習を重ねた日々を思い出した。
準主演であるカフカを担当するマシューと、最も多く台詞の受け渡しをするのは主演のロマンだ。
バートはロマンの台詞を、暗記するほどまでにマシューの練習に付き合ってきた。
そうだと分かった瞬間、マシューは喜びよりも落胆の表情を浮かべ、更に頭を抱えて溜息すら吐けなくなった。
息をするだけで精一杯だった。
ああ。
嘘だ。
だけど。
嫌だ。
でも。
僕はどこに。
一体どこに。
どうしたら。
「そういえば日国」
そこでようやく、花美先輩が口を開いてマシューを見つめた。
顔を上げたマシューも彼女と目を合わせる。
花美先輩の瞳は何故だか希望に濡れていて、マシューは逆に嫌な予感がしていた。
彼女も考えたことは同じだ。
今までの人生で、マシューは今この時ほど、自分を孤独だと思ったことは無かった。
頭は、次はどの国へ逃げようか考え始めていた。
「たしか、お兄さんと練習していたって、言っていたよね」
「……」
「日国、言っていたよね。お兄さんは台詞を丸暗記して、自分との稽古に付き合えるほどだったって」
「……」
「部外者だけど、中止になることは誰も望んじゃいないし、成功の為の手段なんてどうだっていいんだよ」
「……」
「日国、あんたのお兄さんを呼べないかな。光五雨の代役として」
「ロマン・ハースをやってもらいたい」と言い終えると、周囲の部員もマシューに一斉に視線を向けた。
公演まであと一時間も残されていない。
既に選択の余地など無かった。
…
マシューは学校の電話を借りて、アパートの固定電話にかけていた。
運悪くスポーツジムでもどこにでも外出してくれていれば良いと思っていたけれど、まだ午前だ。
案の定、バートはまだ家にいて、受話器を取って返事をした。
「もしゅもしゅ、日国です」
不慣れだけれども板につきかけている日本語での応答だ。
一瞬沈黙しかけて、すぐに息を吸い込んだ。
「兄さん」
「マシューか。どうした?」
「今から学校に来られないかな。志士頭に」
「なにがあった」
なにか不祥事でもやらかしたか、なにかに巻き込まれたか。
バートはマシューの声色から不穏な雰囲気を感じ取り、自身も声色を変えて返事をした。
「主演のロマン役の部員が、体調不良で舞台に出られない。このままじゃ中止になる。兄さんに、代わりに出てほしいって。今から来られないかな」
思ったよりもすんなりと言葉が出てきた。
言葉に詰まるくらいのことはするだろうと思っていたけれど、声色は諦観したかのようにあっさりしていた。
バートはすぐに返事を寄越さず、耳に当てた受話器からは衣擦れの音だけが聞こえていた。バートも思案なんてするのかと考え始めて、ようやく答えが返ってきた。