12くち 6
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志士頭学園高等部演劇部には、過去にも体調不良で主演を予定していた役者が出演出来なくなる事態が何度かあった。
代役を立てられるほどの部員数であればそうしたし、立てられない場合、公演は中止か延期となった。
延期をするにしても、学校側の予定と擦り合わせても叶わないことがあり、今回がそれに当たっている。卒業までの残り期間で、卒業生と在校生と学校側のスケジュールが合う日はない。
舞台の練習時期が、各々就職や進学に向けて取り組んでいる合間だったことも部員数の不足に繋がった。だからこそ、毎年行われるこの最後の舞台は少数でのささやかなものであることが多いのだが、花美先輩が在学中に手掛ける最後の舞台と言うこともあり、少々無茶をしたことが祟ってしまった。
マシューの舞台は、中止の道をまっしぐらに突き進んでいたのだ。
目眩がするようだった。
額に手を当て、俯く。
あと一か月後には卒業してゆく他の三年生部員も、沈鬱とした表情で黙り込んでしまった。
花美先輩ですら、言葉が見当たらないのか、やかましいほどに饒舌な口を引き結んでいる。
夏から今日になるまで、この四十分ほどの舞台に全身全霊をかけて取り組んできた。
病める時も健やかなる時も、いつだって。カフカをさながら自分の伴侶のように扱ってきた。台本を抱えて、明日を待ち遠しく思いながら眠った日々が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
今朝だって、バートに見送られた後、生まれて初めて学校にスキップして登校してきたくらいだったのに。
なんてことだ。
部の空気は、本番を目前に暗くよどんでいた。
花美先輩の姉である副部長の月美先輩は、他の部員に「中止になるならメール連絡網で早めに各家庭に知らせる必要がある」と指示を出し、まだ落ち込んでいたいだろうに、顔を上げて事態に向き合おうとしている。
他の部員もそれにつられるように、ひとりひとりが役割を熟すべく行動を始める。
花美先輩とマシューと他数名は、まだぼんやりとしたまま事態を受け止めきれず、突っ立っているばかりだった。
僕は、なにをしたら良いのだろう。
僕になにが出来るだろう。今。
代役がいないんじゃ、三年生は最後の公演を逃してしまう。
花美先輩は、これまでずっと演劇部を支えて来たのに、こんな終わり方なんてあんまりだ。
この人たちに、僕の今の全力を観てほしい。認めて、認められたいのに。
ロマン・ハースがいないんじゃ、カフカ・カートランドが救われないじゃないか。
ロマンがいないんじゃ、誰も終われないじゃないか。