12くち 5
「ねえ、カフカは底が浅い半端者の内にしか出来ない役だよ。今だけの役。お前さんが自分の欠点に気がついちゃったら、もう二度と出来ない。野心を行動に移せる大胆な良い子ちゃんのお前さんは、いつまでも損な役をやりきれないだろうから、今だけだよ」
「今だけの、…欠点ですか?」
「そう。でも、とっとと欠点潰して深い人間になっちゃいけないぜ日国。斜に構えたあちしみたいにダサく擦れるだけだからね。お前さんは、半端で、底が浅くて、中身の少ない今の自分に敬意を持って、カフカを丁寧に演じて、その後もよく時間をかけて深い人間になるんだよ。愚か者なお前さんを気に入っているヤツもいるからね。日国にとっても、それがお気に入りになれば良いと思う」
「…」
「お兄さんとも練習してきたって言ってたっしょ?情熱かけた分だけ頑張ろう。それ以上は頑張れないから」
「その兄が、今日来たがってました。部外者だから呼びませんけど」
「その部外者に台本見せやがってよぉ日国ィ。それでお前さんの芝居が良くなるならいいけどさァ、やってくれたよなァ日国ィ。悪い子ちゃんだよなァ日国ィ」
「すみませんでした。風邪で気が弱いところを攻め落とされたんですよ」
「随分脆い建築だねお前さんの城は。ま、どういう経緯があるにせよ、最後に良い格好してくれりゃそれでいいよ。ぶちかましちゃろうぜ、日国。あちしの卒業作、かっちょよく決めてくれや」
「はい」
肩を叩く花美先輩を背に、もう一度衣装の襟を正す。
今回の舞台で、留年を繰り返してまで志士頭学園に留まり、演劇部を盛り立ててきた文豪、花美先輩も卒業を迎える。
彼女が在学中に見届ける最後の舞台で、準主演に選ばれた責務を果たすのだ。
これから聖者になろうとしている、愚者のフリをする賢者に、本物を見せつけてやるのだ。
マシューは撫でつけたブロンドから突き出たアホ毛を気にしながら、鏡に映る自分に頷いてみせた。
「頑張ろう」
しかし、
「花美先輩!」
昨年「死刑台シリーズ」の主演として堂々たる演技で駆け抜けてきた道風コフィが、息せき切って化粧室に飛び込んできた。
一瞬にして一室が静まり返り、誰もが彼を振り返り、次の言葉を待った。
この日、マシューは決断を迫られることになる。
今現在の自分だけではなく、その後の自分すらも左右する問題だった。
「主演の光五雨先輩が、今朝から喉の不調で出演出来ないそうです」