12くち 3
マシューがアメリカから離れて、バートが日本にやってくるまで、その間二人は一度も顔を合わせることも無ければ、話すことも、手紙のやり取りもしてこなかったけれど、その笑顔が幼いころから変わっていないことをよく覚えているのだった。
いくつになってもバートラントのままでいる。
そんなバートが、マシューにとっては憧れであり、誇りであり、妬ましかった。
「そういえば、もうすぐだったよな。演劇部の」
「ああ。二週間後。もうほとんど完成形で、衣装合わせも終わっている。あともう少し衣装に手を加えようって話が持ち上がっているくらいで、問題無いね。ひたすら完成度を上げるだけ」
バートは得意げになってそう話すマシューを、静やかな眼差しで見守っていた。
「自信を持って臨めそうだな」
「うん。僕が認められるチャンスだ」
「認められたからこそ選ばれたんだよ」
「いや違う。僕を見定める為だ。僕は認められるような力をまだなにも見せていないんだ」
「そうか?なら、尚の事、言っておかなくちゃな」
「なにが」
マシューの頭の中では、その後何度もバートの言葉が響いていた。
反響し続けて、佐々貴さんの奥さんである"くめちゃん"が作ってくれた鍋料理を突っついている時も、隣でバートが舌を火傷したと喚いている時も、フッ素入りの歯磨き粉を使っている時も、布団に入った後で、日課になりつつあるバートとの演劇部での練習(暗記した台詞のやりとり)をしている時も、気が付けばお互い寝落ちてしまった時も。
朝が訪れ、彼より先に起きて朝日を全身で受けた後も。
"「マシューらしく力を出し切っておいで。俺はいつも応援しているぜ」"
「汚名なるウェル・メイド・プレイ」公演当日の二月上旬の朝にまで、マシューの頭ではその言葉が反響し続けていた。
今朝も散々、「ここから応援しているからな!」と玄関の外に出たマシューを家内から見送るバートに言われ、その声援を背中で受けながらマシューは考えた。
"この舞台で、きっと僕は本当の僕を発見するはず。
僕だけのマシュー・メルナード・日国が、舞台の成功と共に目覚めるはず。きっとそうだ。
そうしたら、僕はきっと胸を張って、自分を誇れるようになるんだ。
なにをどうやっても、「僕よりバートの方が」と勝手に落ち込んでしまうような自分を撲滅出来る。
きっとそうなんだ。"
マシューは希望に満ちていた。