12くち 2
さて、そうして二人はクリスマスと正月を過ごして、話は戻り、マシューが通う志士頭学園高等部は先日から冬休みが開けて、マシューは再び学校とアパートを行き来する生活を始めた。
バートは相変わらず、日本語学習に明け暮れ、気が向けば外に出ては、街に溢れる日本語を読んだり、前はジェスチャーで伝えていた自分の気持ちを、買い物先の定員におかしな接続詞と感動詞を交えつつ日本語で伝えていた。
そんなある日のこと。
マシューは目と鼻の先に迫る、自身が準主演を務める演劇部での作品「汚名なるウェル・メイド・プレイ」の最終調整に入っていた。
この舞台を最後に卒業してゆく三年生部員と、日付を重ねるごとに増してゆく緊張感を共有しつつも、当日になるのを今か今かと待ち望んでいた。
その日も生徒会の会議を終えて急ぎ足で講堂に向かい、通し稽古の後、主演二人と監督である花美先輩の打ち合わせを挟み、他のキャスト達と衣装の準備を予定通りにこなし、化粧品のメンテナンスをした後に帰宅した。
「ただいま」
鍵を開けて廊下を進んで居間に出るも、バートがいなかった。
代わりに、銭湯に行く準備だけは整えてあるようで、バッグが一つポツンと居間に鎮座している。
荷物を片付け、明日の教材を鞄に詰め込んでいると、すぐにバートは帰ってきた。
十七時三十分だった。
「ただいま。悪い、ちょっと遅れた。カードを見失ったもんだから」
「言い訳には興味ないから、荷物を持て。銭湯に行くぞ」
「でも訳も無く待たせたわけじゃないんだから事情は説明するべきだろ?尻ポケットの財布に入れたと思っていたスポーツジムのメンバーズカードが見当たらなかったんだ。カードが無きゃ出入り出来ない。上着のポケットに入っていた。だからごめんな」
「はいはい、管理不足。お疲れさまでした。行きますよお兄さん」
分かった分かったと雑にあしらって、マシューは荷物をバートに持たせて、靴を履いた。
バートは納得がいかないものの、大した問題では無いとすぐにこのことを忘れて、マシューの後を追った。
その日も佐々貴さんに挨拶をして、夕食をご馳走になる話になり、二人はいつもよりゆっくりと湯に浸かった。
今日も手に掬った湯を肩にかけながら、電気風呂でまばたきの速度が遅くなってきているバートが眠らないように話しかける。
「バート、ここ最近毎日スポーツジムに行ってない?」
「前までが日本語をまったく話せなくて、あまり外に出なかったからな。さすがに筋肉が落ちた。動いて取り戻さないと」
「舞台に戻った時、今度は体重が重すぎてセットから落ちるかもしれないしね」
「んん、…へへ。動かない生活をあれ以上続けていたら、なんだか自信を無くしそうでさ」
「バートも自信を無くすことなんてあるんだ」
「そりゃあるぜ。エンターテイナーの俺だ。エンターテインメントが出来ないとへこむさ。自分に実力と魅力があるって自信を持つ為には、それを常に全身で感じ取らなくちゃ」
「じゃあ、日本語に関しちゃ、最近は自信がついてきたんじゃないの。日本でスポーツジムに通いだすくらいだし」
「まあな。長話とか難しい話は、今でもよく分からないし、日常会話もちょこっと怪しいけど」
「充分な進歩だよ」
バートは嬉しそうに笑みを湛えた。




