11くち 15
「えーっと、それじゃあ、日本は潜在的な宗教国家で、マシューは神道信仰なんだよな?」
「そうなんじゃないかな。属しているって意識はやっぱり曖昧だけど、神様とか仏様は敬っているつもりだよ。大晦日には大掃除をするし、初詣にも行くしね。神様って、実際にいるかいないかはともかくとして、いると思う人にはなにかしらの影響を与えるから、いると思う人にはいるものなんだと思う。逆に、いないと思う人には何の影響も無いから、いないんだと思う。僕は、いたら素敵だなって考えているよ」
「なら、マシューにはきっと、神様がいるんだろうな」
「きっとね。仏教の話もする?日本にいる僕らのお祖母ちゃんが仏教徒だから、お祖父ちゃんのお墓参りをした時にたくさん話を聞かせてもらったんだ」
「ブッダとイエスが橋の下のアパートで星の被り物とシスターの格好をして踏んだアリの心配をする話か?」
「いろいろ混ざっていないかそれ」
おにぎりの話をしていたのに、いつの間にか宗教の話に裾野が広がっていた。
バートは米が熱い熱いと言いながら、団子のように丸くなってしまうおにぎりにしかめっ面をしていた。
話の終わりにマシューは、「宗教ってデリケートな話題だし、日本で熱心に宗教の話をするとヤバいヤツって思われちゃうから、"これは僕の個人的意見、主観的解釈を述べたまでで勧誘ではないし他の宗教を馬鹿にする意図は無いしあらゆる解釈があって良いものだ"と付け加えておくな。批判を最小限に抑えられる便利な言葉だ」と締めくくった。
二人はバートが握った、具材がやけに端に寄って握り込まれていたり、一部分だけ妙に塩気が強かったりするおにぎりを食べて、「和食のレパートリーが増えたな」と笑い合っていた。
寝る頃にもう一度熱を測ると、昼頃には38.4℃あったのが、38.0℃に下がっていた。
バートも布団を敷いて、彼が部屋の電気を消すのと同時に、マシューがスタンドライトをつけた。
ほんのりとした明るさが戻る室内では、また降り出した雨音が、窓を挟んで籠って聞こえる。
「熱が下がったら、明日は学校に行くよ」
「下がらなかったら休むのか?」
毛布を持ち上げて、敷布団と掛布団の間に足から入りながらバートは返事をした。
最初から抵抗感なんて無さそうではあったけれど、今や布団で寝ることが当たり前だと言うように、なにも言わずに入るバートを可笑しく思って、マシューも続けた。
「そうだね。他の人に感染すわけにいかないし。目標、平熱37℃」
「下がらなかったら台本の読み合わせを手伝うぜ」
「下がるって」
「かもしれないの話だよ」
「下げるって」
マシューはまた台本を読んでは、イメージトレーニングをしているようだった。
「なあ、今日は演劇部のこと、話してくれて嬉しかったよ」
「話させといてよく言うよこのバーカラントは。俺は放っておけって言ったのに」
「だから嬉しかったんだ」
「……」
「応援してるよマシュー」
マシューは溜息をついてスタンドライトを消してしまった。
台本も畳んで、枕元より向こうに置いて、毛布を胸元まで引き上げて向こうを向いてしまう。
「おやすみ」
バートは「会話のラリーが不自然に途切れたぞ?」と疑問に思うも、一日の終わりの挨拶を言われてしまっては、これ以上話し続けるのは悪いことのような気がして、「うん」と返して、自分も向こうに体の向きを変えた。
星の無い天井は味気が無くて、瞼を閉じてホームプラネタリウムでの星座を記憶から引き出そうとする。
けれど、それよりも先にいつだか夢見た、ボートから見上げた真っ黒な星空が蘇って、夢から覚めるように閉じていた瞼を見開いた。
すると、
「バート」
背後からマシューの声がする。
「なんだ?」
「僕も応援してるよ」
「ん?」
「おやすみ」
「うん」
「バートおやすみ」
「…おやすみマシュー」
マシューの熱は、翌日も下がらなかった。