11くち 14
「この神道って"日常に寄り添う無数の神や霊"と、"明確な教典が存在せず、個々の人間としての意識が重要視される"ことから、宗教ではないって言う見方もあるくらい、"習慣や伝統の一部として日常の中に溶け込んだ、自然で身近で無意識的な文化の一部"なんだ。あえて宗教とカテゴライズされているとも言われている。たとえ信仰心の無い日本人だとしても、生活の中で影響されて"無意識に宗教的に生きている"状態にあるんだって。家庭や学校で教わる機会がほぼ無いからって言うのもあるだろうね」
「あえて宗教、か。こうも違うのは、どうしてなんだろうな」
「キリスト教もユダヤ教もイスラム教も、入信するには"洗礼"と言う儀式を行う必要があるだろ。自分がその宗教の信仰者であることを認めて貰うんだ。でも、神道はなんの手続きをせずとも、心の中でそう考え始めた時から始まる個人的な宗教なのさ。お宮参りで新しい氏子として土地神様に挨拶する場合もあるけれど、家庭の都合によりけりだし。つまり、神に対する敬虔さや宗教の基準が、海外とはまったく違うんだよね。他所の宗教は"帰依(絶対的な信仰心を持ち、拠り所とすること)"だけど、神道は"ご近所付き合い"みたいな感覚の違い、って言えば分かるかな」
「…あー、うん」
バートはおにぎりを握ることとマシューの話を聞くこと、どちらに集中すれば良いのか戸惑っているようで、さっきから握ったり、しばらく硬直したりを繰り返していた。
「だから、キリスト教やユダヤ教やイスラム教のような一人の神を信じる一神教の人々と、大勢の神仏を同時に信じる多神教の神道とか仏教では、"信仰する宗教が違う"こと以上に大きな価値観の相違があるわけ。その中で特に、神道は神様の存在が身近なわけ」
「バートラントの為に分かりやすく言うと?」
「偏食と雑食の違い。一神教は偏食だから、宗教ごとに菜食主義、肉食主義みたいな違い。多神教は雑食だから、野菜も肉も自分たちが頂くものの一つと見て、好きなものである限り見境なく頂く。と言う更に大きな違い」
「すげー!お前の言っていることが分かると俺も頭が良くなった気がする!」
僕は、お前が昔より頭が悪くなったような気がする。
握り終わったおにぎりを置いて、米でべちゃべちゃの手で嬉しそうに拍手するバートを、筆舌に尽くし難い表情で見守っていた。
「ちなみに、仏教は日本で二番目に多い宗教なんだ。と言っても、その仏教も日本式仏教なんだけど」
「神道を今聞くまで、日本は少数の仏教と多数の無宗教が共存している国だと思っていたぜ」
「それくらいごく自然に日常の中にあって、個人的なものなんだよね。だから日本人はハロウィンもクリスマスも出来ちゃうんじゃない?神仏混合の国だから」
"そのクリスマスが日本に馴染んだのは、昔の日本…昭和の頃は、十二月の二十五日が天皇のお祭りで祝日だったからと言われているよ。二十五日に祝日の習慣があったから、クリスマスも受け入れやすかったんじゃないかな"
とマシューは付け加えたけれど、バートはこれもあまり分かっていないようだった。