11くち 12
「おにぎりとも言うし、おむすびとも言うんだ。地方によって呼び方が違うって聞いたな」
「ムスビは聞いたことがあるぜ。日系がニューヨークでムスビの専門店を開いているってテレビで見たことがあるから。と言うか、素手で握るんだな。汚くないか?」
「確かに衛生的問題もあるけど、女性に握ってもらう場合は素手で握ってもらった方が美味しく感じられるとか諸説あるらしくて、素手派とサランラップないし手袋派で別れるみたい。と言っても、素手で握ったおにぎりを食べられるのなんて、せいぜい身内の中だけでって言う人が大半じゃない?」
「女性にって言っても、俺ら二人とも男だぜ?男性だぜ?」
「じゃあ今からサランラップでも使って握れば?僕は身内が手を洗って作ったものなら、素手おにぎりでも食べられるから。好きな方にしな」
「……。素手でいいや。面倒だし」
ひと昔前の爆弾のような形のおにぎりが皿の上に並ぶ。
「ところで、なんで三角形に握るんだ?」
「山には神様が宿っているから、その力を借りる為だとか聞いたことがあるなあ。昔は山が仕事場だったって言うのもあるんじゃないかな。おむすびころりんの御爺さんは枝切りに行くし、桃太郎の御爺さんも柴刈りに行くし。…諸説あるらしいから詳しいところは分からないけど。とりあえず、山って、大抵三角だろ?」
ちなみに、桃太郎の御爺さんについて重要なのが、芝刈りに行ったのではなく、柴刈りに行ったと言うところ。
柴とは山などに生える細い雑木のことで、昔はこれを薪の燃料にしていた。枯れ枝なども使われていた。桃太郎の御爺さんはこれを売ることで生計を立てていたのである。
逆に芝とは、ゴルフ場や公園に生えている多年草のこと。近年は柴刈りはあまり見ないが、芝刈りならばそこかしこで行われている。
バートに日本の童話が通じるのか分からないけれど、マシューはとりあえず話してみた。
彼が知っている童話は「幸福な王子」くらいしかないと思う。
やはりそうなのか、バートは昔話のくだりを聞かなかったことにしたらしく、「へえ」と一言で済ませた。
「へえ。日本人も神様って信じるんだな。日本って宗教的な感じがあまりしないって言うか、宗教っぽさが無いから」
「そんなことない。日本じゃ神様は日常的な存在なんだ。八百万の神がおわす国だぞ。それぞれの役割を持った沢山の神様、仏様、精霊と言った超自然的存在が共存して、あらゆる場所に命が宿っている、と言う偶像崇拝がされている。ちなみに、やおよろずは八百万と書くけれど、800万人って意味じゃなくて、"無数"って意味だよ」
マシューはバートがおにぎりを握る横で、学校のカバンから筆記用具を出して、手に水性ペンで"八百万"と書いた。