11くち 11
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家に帰ると、室内干しにしていた洗濯物を、敷きっぱなしの布団に下ろして畳み始めるマシュー、家を出る前に炊いておいた米を小鍋に取り、水に浸して火にかけるバートと、それぞれの役割をこなし始める。
バートは調理中に「寒い」と言いながら、最近買ったばかりのヒーターの傍に行ってはキッチンに戻るのを繰り返していた。
マシューは洗濯物を畳み終えると、自分も湯冷めで寒くなってきて布団を体に巻き付ける。
手元では、「汚名なるウェル・メイド・プレイ」の台本に解釈を書き込んでいた。
そうしてうとうとしていると。
「マシュー、大変だ」
何分経ったのか。
いつの間に瞼を閉じていたらしい。
バートの方を向くと、彼が気まずそうに笑っていた。
なにかをやらかして困っているのを、笑って誤魔化そうとする下手な笑顔だ。
役者のくせに、役以外ではとことん演技が出来ない大根だ。
「なに」
「お粥がすごく焦げた」
「弱火にしなかったな。あと多分水も足りなかったな。焦げたのは底の方だけ?なら食べられるけど」
「だいたい焦げた。ちょっとヒーターに当たってなごみ過ぎた…」
「米に頭を下げて農家の人に申し訳なく思ったか」
「した」
「はあ…」
叱ろうと言う気持ちにはならなかった。
今日は風邪をひいたけれど、きっと良い日なんだ。
相変わらず失敗ばかりするバートだけれど、一々目くじらを立てるほどじゃなくなってきたし、好きな話題で盛り上がれた。バート相手なのに楽しかったんだ。
バートが相手だから楽しかったんだ。
マシューは溜息を零すだけで留めた。
「お粥は…もういいや。そうだな。火加減が難しかったかもしれないね。今度教えるよ。…今日はどうしようかな」
「なあ、マシューはこてこてしていない日本食が良いんだろ?なにか俺でもすぐに作れそうな、簡単なものはないか?」
「…うーん」
マシューはしばらく思案した後、米がまだ残っているかを確認して、バートに手を洗ってくるよう指示した。
「今日はおにぎりだ」
五分後。
コンセントを抜いた炊飯器と皿と海苔と調味料を持ってきたバートは、それらを布団横のテーブルに並べて、マシューから指示を受けておにぎりを握っていた。