11くち 10
「退屈な話かもしれない、ウケないかもって、話を練っている時にゼップ役のノアが不安がっていたよ。それでもこういうドラマを観たいんだって情熱だけは誰よりあった」
「僕はそういうの好きだ。前に会ったバートのファンだって、エヴァンシーズンの続きを待ってるって言っていただろ?今の話でこれ以上続けるのは蛇足だと思うけど、それくらい良かったってことなんだよ。僕も見たくなったくらいだ」
「そうだろ?騒がしくて楽しいのも良いけど、スローライフと人間性と、傍目ではささやかだけど本人たちにとっては偉大な変化を描いたドラマだって面白いんだよ。家族で見られるからな」
バートは子供のようにはにかんだ。
「なあ、お前の話も聞かせてくれよ。俺ばっかりが話して口が疲れた。もう呂律が回らないよ」
「えー…」
充分に舌は回っているように明快に聞こえるけれど。
「台本のことを聞かせてくれよ。外に出しちゃいけないのは分かるんだけど、やっぱりお前のことを知りたいんだ。誰にも言わないから。話す相手がお前しかいないしな。夕飯まであと二時間もある。もう少しで銭湯だけど、その間も話を聞かせてほしい」
マシューは低く唸ってしばらくしてから、溜息を吐いた。
バートにここまで話をさせておいて、沈黙を貫き通す自分を想像すると、それこそエヴァンのような冷血漢になってしまうと思ったからだ。
布団の向こうに避けていた台本を手元に持ってくると、ページを捲って、マシューは、バートにおおまかなあらすじを語り始めた。
バートとこんな風に話し込めるとは思っていなかった。
何時間も続けられるような話題があるだなんて思いもしなかったし、探そうともしなかった。
しかしよくよく考えてみれば、二人共趣味は似たり寄ったりだ。
バートは家庭菜園、マシューはガーデニング。二人ともダンスを嗜むし、よく食べるし、よく寝るし、入浴も、ゲームも、歌も、楽器も、舞台も、映画も、ドラマも、家族も好きだ。
話が合わないはずがない。
だって、自分の好きなものをどれも自分よりこなしてしまうバートが嫌いになったんだもの。
尊敬出来るくらいに能力があって、あり過ぎて、自分を振り返った時のショックがあまりに酷くて、耐えられなかったんだ。
話せば楽しいはずなんだ。
話すだけなら。
夕方になると、二人は厚めのダウンコートとモッズコートを着て温泉に向かった。
道中、バートに「冬になって雪が積もった時も徒歩で銭湯に行くのか?」と聞かれて、「じゃなきゃ風呂に入れないだろ」と話していた。
「俺がいるんだから家賃は高くなっても問題ないだろ。浴室を直して貰えば良いのに」とバートは言っていたけれど、マシューはそれでも銭湯に通うだろう。
多少不便であっても、この生活が好きなのだ。
それに、銭湯に通わなければ佐々貴さん夫婦に会う口実が無くなってしまう。
二人は浴室内でも脱衣所でも舞台について話し込み、「汚名なるウェル・メイド・プレイ」の内容について、「こう解釈出来ないか」と新たな視点で次々提案してくるバートの意見を、今すぐにでもメモが出来たら良いのにとマシューは考えた。
今言った解釈を家に帰った時にもう一度話してほしいと言っても、「もうなにを言ったか忘れかけている」と言うバートを馬鹿野郎と罵った。