11くち 7
「そうだな。十三歳から同じ舞台で、週に八公演。タイトルは"ビープ・バン・クラック"ってロングラン作品で、俺は主演のダレン・キャットバーンを演じていた」
「それアメリカにいた頃に読んだことある。昔の小説だよね。ブラック・ブライトの」
「そうだ」
「でも、ダレンって作中で十八歳から二十二歳のはずだろ?十三歳から?」
「そうだ。最初の頃は、ダレンにしてはチビ過ぎるし声も高過ぎるってボロクソに叩かれたぜ。J'sは高身長になりがちだから、当時十三歳でも十五、六歳くらいには見えたろうがな。でも監督は俺を選んでくれたのさ。今はハンサムに育ったから誰よりも俺がダレンだぜ」
「自分で言うんだ」
「だってマムとダッドの息子だぜ?ブスなはずないだろ」
ブスでないならハンサムなのか?
そんな疑問はともかくとして、その自信が少しでも自分にあったなら。
氷枕を新しいものに替えてもらいながらそう思った。
「あれ、ビープ・バン・クラックって恋愛要素がなかった?」
「あるぜ。ヒロイン役はイェーダ・ハルツバリ・イエクマンって人だ。スウェーデン出身の」
「嘘!イェイェ?洋画好きで知らない人はいないよ!"わたしがいくまで咲かないで"や""フルコストのその後で"や"鏡の中のダ・ヴィンチ"なんて名作中の名作だ!」
「そうなのか」
「うわー!お前のこともっと嫌いになる!イェイェが相手役?原作通り、耳が聞こえなくて目を閉じるのが怖いから見つめ合ったままのキスもしたって?」
「ふやけた」
「日本からいなくなっちゃえ!」
話は舞台だけではなく、彼が出演したドラマにも続いた。
「"ノーティークライム"では超天才少年捜査官って設定で、役の為に乗馬の稽古をして資格も取って、ジークンドー(ブルース・リーが創り出した武道、哲学)も少し齧ったんだ。乗馬はいつも同じ馬に乗っていたんだけどな、文字通り馬が合うもんだから連れて帰ろうかと思ったくらいだ」
「そんなお金あるの?」
「うん。でもダメだ。バーゼルもいるしダンケもいるしハニーダリーもいるし菜園もあるし仕事もある。これ以上は責任を持ってやりきれない。中途半端になっちまう。だから日本に来る前は毎週会いに行っていたよ」