11くち 5
二時間ほど勉強をしてから、次は、日々近づいてくる演劇部での主演作品「汚名なるウェル・メイド・プレイ」の台本を読み込む。
"「私は特別なんだぞ。私を見ろ。私こそを」
「カフカ、貴方は今回も裏方よ。自分の役割を全うして」
「私の役割は裏方じゃない。役者だ」"
"「下手に希望のある言葉を聞かされ、放任されて育つと、勘違いした凡人は過信のあまり破滅してしまう。誰も、希望や夢を与えることに無責任過ぎる。与えられる方も疑いを持たないなんて不用心極まりない。凡人であることを認めず、いつか自分そのものの否定に突入したらおしまいなのに。その結果がカフカなんだよ。キミと違って、カフカは凡人なんだ」
「私はそう思わない。彼は特別だよ。役者として完璧過ぎるだけだ。完璧過ぎるあまり、彼の芝居は不自然なんだ。本当の自分を思い出したら、彼を舞台裏に閉じ込めることなど誰にも出来なくなる」"
台本を読み込んで何十分経っただろうか。
目が疲れてきて、眼鏡を外して瞼に掌を当てて温めた。
「はあ…」
卒業式の少し前に行われる、三年生をメインに据えた公演。今年度最後の舞台で、マシューは二年生ながらもメインの役を張る。
本当なら、三年生の部活引退はどこの部もとっくに終わっているけれど、演劇部や一部の部活の正式な引退は、その「最後の活動」が終わってからだ。
ちゃんとしなければ。やりきらなければ。
さあもう一度頭から読み直して、頭の中でイメージを膨らませよう。
床に置いていた、紙が痛み始めている台本をまた手に取った。
すると、
「ワェルヌイドブレイ?」
バートが横から覗き込んでいた。
すかさず開きかけていた台本を閉じた。
「見るな。読むな。気にするな」
「今度は読書か?」
「そうだ読書だ」
「表紙にお前の名前が書いてあるけど」
「僕と同じ名前の登場人物が出るようだな」
「俺達みたいな名前したヤツらなんて俺達くらいだよ。マシューはアメリカならいくらでもいるけど、日国なんてファミリーネームくっつけたヤツが他にいるか?」
結局、バートが来てからこの秋にかけて、彼に演劇部での話はほとんどしていない。
そういう部活に入っていることは教えても、活動内容については一切触れられないようにしてきた。
一時期は教えても良いかもしれないと思ったこともあったけれど、言わなかった。
何故かって、言いたくないからだ。