11くち 4
残した母の料理は父が平らげて、翌日風邪が父に感染した。母はマシューに出したものと同じメニューを出していたけれど、父は美味い美味いと嬉しそうに、やはり平らげた。
後日、父から聞かされたのであろう母は、マシューに「言ってくれたらよかったのに」と申し訳なさそうにして、今度からはお粥とお茶を出すと言った。
マシューは、自分が母の料理にケチをつけたような気になり、その言葉に首を縦にも横にも触れなかった。自分で自分にショックを受けて、ただ母に謝りたかった。
「そうなのか、俺は風邪の時、いつもこんな感じのものを食べていたもんだから。…日本はそうなんだな」
「まあ、うん」
「あー…これは俺が食べよう。新しく作る。えっと、…お粥って…よくわからないけど」
「ミルヒライスの親戚みたいな感じだよ。米を水に浸して煮るんだ。そこに塩とか梅干しとか卵とかかけるだけ」
「果物とか、シナモンはかけないのか?」
「デザートじゃないから」
バートは珍しく気まずそうにして、いそいそと料理をマシューの前から避けて、テーブルの端に追いやる。
今この瞬間にも冷めてゆく料理と、バートの残念そうな顔のダブルパンチに、食べないことが忍びない。
「いや、ごめんなバート。いいんだよ。お粥は夜に作ってもらえるかな。昼はこれを食べよう」
「そうか?…でも、日本人には、こういう食べ物は胃に重いんだろ?」
「目の前で可哀相な顔をされると気が重いんだよ。いいから食べよう」
バートの顔はさっきよりマシになった。
食器を持って戻ってきて、頻繁に青い顔をしてお茶を寄越せと催促するマシューと昼食を囲った。
食べ終わる頃には、マシューは「口の中も腹の中も油っこい」とお茶を一リットルも飲んでいた。バートはオレンジジュースを飲んでげっぷをして満足していた。
昼食の後は、バートは食器の片付けや、いつの間に買ったのか日本語学習の本と、付録のリスニングCDをパソコンのCDドライブに挿入して勉強を始める。
思い出したようにストレッチをして体をほぐしては、「雨はまだ止みそうにないぞ」と、屋上から玄関前の廊下に濡れないよう移動させてきた、マシューの鉢植えの花たちに話しかけていた。ベッラの写真にも話しかけていた。
マシューはベランダを打つ雨音を聞きながら、うつ伏せになって勉強をしている。
バートは「休みなんだから今日くらい勉強を休めば良いのに」と言っていたけれど、今勉強をしなかったことで将来後悔するのはバートではなく自分だ。「うるさい」の一言で捻じ伏せた。