11くち 3
夏からこの秋まで、どうやら風邪が流行っているようだ。自分もまんまとやられてしまって、生まれて初めて学校を体調不良で休んだ。
38.4℃。
平均体温の37℃からすれば微熱より少し高い程度だ。
けれど風邪なんて滅多にひかないものだから、思ったよりだるくて、普段からそうだけれど、今日の家事は全てバートが率先して行っている。
そうそう。バートが言うまで熱を出した時は額を冷やすことばかり考えていたけれど、彼が言うには、「首の回りや、脇の下や、腹部を冷やすといいんだぜ」らしく、彼は冷凍庫から保冷材をいくつか持ってくると、それをタオルに包んでマシューに寄越してきた。
幼い頃はJ'sの影響で日国家の弱者代表だっただけはある。
母から受けた看病をそのまま真似しているようだ。
バートは手品を披露するかのように、「タラ~」とも「タダ~」とも聞こえる英語の効果音をつけながら、小鍋を置いた。
ちなみに、「タダー」は日本語で「じゃじゃーん」。ファンファーレのように扱われる。
「……」
マシューは小鍋の中身を見て絶句していた。
なにを作ってもらいたいのか、リクエストをすれば良かったと後悔をしていたところだ。
小鍋にはチキンスープが浮いた油と共に漂っていた。
ヌードルも入っているから、正確にはチキンヌードルスープだ。
「…ごめんバート」
「なにがだ?」
「お粥が食べたかった」
バートの表情が固まった。
それから、困った顔をして後ろ手に持っていた皿も寄越してきた。
ニンニクと塩胡椒をよくきかせたステーキと、特製ドレッシングがかかったサラダ。
飲み物はオレンジジュース。
おまけに、デザートでシナモンたっぷりのミルヒライスだ。
この世で最も拒否しにくい善意かもしれない。
バートもマシューも、お互いに「やっちまった」と俯いていた。
バートに限っては、「なにかやっちまったようだ」とあまり理解していないけれど。
アメリカで生活していた時も、バートほどでは無いにしろ何度か体調を崩したことがあった。
アメリカ人の母もチキンがたっぷり入ったスープや、クリームパスタを用意してくれた。
マシューが"もったりこってり"したそれらを、"げっそり"した顔をして一人で食べていると、父が"こっそり"隣にやってきて耳打ちをした。
「日本食が好きな俺達には、風邪の時は蕎麦かうどんかお粥で、お茶だよな」と言って、都心の日系人が営むスーパーで、蕎麦と麦茶を買ってきてくれたことがある。